Interview
未来の革新的な進歩に結びつく新しい物質を求めて
東京農工大学 工学部 化学物理工学科 教授
香取 浩子 先生
「なぜ鉄は磁石にくっつくのか?」
量子力学は高校では教われない物理学
物理学の中の固体物理という分野で、磁性材料の研究を行っています。
磁石は一番身近にある磁性材料です。鉄が磁石に引きつけられることは小学生の頃から知っていると思いますが、なぜ引きつけられるかの説明は高校の物理でも教わっていないと思います。その理由は、量子力学の学理を用いなければ説明できないからです。すなわち、鉄が磁石に引きつけられる仕組みは、20世紀になってやっと説明できるようになったのです。これ以外にも、磁性材料には、これまでの物理学では説明できない現象が様々あります。また、新しい磁性材料を作り出すと、これまで知られていなかった新たな現象も見つかります。
そこで、現在は新しい量子物質の開拓を一番の研究テーマとしています。量子物質とは、物質内で生じる現象が、高校で学ぶ古典物理学では説明できず、20世紀に成立した量子力学によって説明できる物質のことです。このように、量子性を示す新しい磁性材料を開拓し、そこで生じる新しい現象を見出すことを目指して研究を行っています。
実験や研究の面白さに魅了された大学時代
やりがいのある仕事です
小さい頃から手を動かすことが大好きでしたので、大学生になってからも、実験であれば何でも興味があり、大学4年生で、磁性材料を合成し、その性質を調べる実験を行っている研究室に配属されました。研究というものに初めて接し、自分で工夫して実験を進めていくことがとても面白かったので、大学院に進学して研究を続けることに決めました。その頃、固体物理の分野では、磁性材料内で生じる「フラストレーション」(物質全体のエネルギーを最小にするために、どのような状態分布をとればよいかが事実上決まらないような状態のことです。)がホットな話題となっており、大学院からは「フラストレーション」の研究を行うことになりました。運よく、その研究に適した新しい磁性材料を合成することに成功し、新しい現象を見つけることができたため、学会等で研究成果を発表する機会を得ることができました。発表の場で研究成果について聴衆から注目されると、ますます研究が楽しくなりました。この楽しい研究をできるだけ長く続けたいと思い続け、今日に至っています。
トライ&エラーを繰り返して新物質は生まれる
新しい磁性材料を作り出せたとき、またその材料から新しい現象や性質を発見することができたときはとてもワクワクします。そのワクワク感を味わえることが研究の醍醐味だと思います。また、必ず成功するわけではありませんので、これまでの実験方法を振り返り、どのような点を修正したらよいかを考えることもありますが、その試行錯誤の過程も楽しんでいます。
私が行っているのは基礎研究ですので、見出した新物質が工業製品等にすぐに使用されることは稀です。しかし、例えば、リチウムイオン電池の正極として利用されている磁性材料LiCoO2が発見されたのは今から60年以上前、正極として利用可能と分かったのが約40年前、この功績に対するノーベル賞が2019年です。このように、新しい磁性材料に対する基礎研究は、長い年月を経たのちに製品の革新的な進歩に結びつく可能性を秘めています。見出した新物質が、将来、世の中の役に立つことを期待して研究を行っています。
大学入学とは、人生のスタート地点に立つことだと思います。大学に入学後、様々な知識や経験を重ねることにより、自分が進むべき道・自分に合った道を、自らが選択することになります。大学生活を送るうちに、これまでとは違った景色が見えてきて、高校まででは想像もしなかった道を選択することになるかもしれません。逆に、これまで描いていた道が自分にとって最適な道であると確信を持つことができるかもしれません。このように、大学生としての日々は、今後の人生にとって非常に重要です。もちろん、大学で学ぶ知識は高校までの知識の上に積み重ねられますので、土台がしっかりしていなければ、人生のスタート地点に立てたとしてもスタートすることができません。有意義な大学生活を送ることができるよう、頑張って欲しいと思います。