Interview
持続可能な人類の発展に貢献する
「みどり豊かな地球のお医者さん」
東京農工大学 農学部 環境資源科学科 教授
伊豆田 猛 先生
植物の成長を阻害する大気環境ストレス
私は、「植物に対する環境ストレスの影響とそのメカニズム」に関する研究を行ってきました。農作物や樹木に影響を及ぼす環境ストレスはたくさんありますが、特に、オゾン(O3)などのガス状大気汚染物質、酸性降下物、微小粒子状物質(PM2.5:粒径が2.5 μm以下の粒子)などの大気環境ストレスに注目しています。
オゾンは、自動車や工場から排出される窒素酸化物や炭化水素が、太陽からの紫外線によって光化学反応を起こして生成される「光化学オキシダント」の主成分です。これが気孔を介して植物の葉内に吸収されると、葉に可視障害が現れ、光合成能力が阻害されるため、農作物や樹木の成長や収量が低下します。
酸性降下物とは、硫黄酸化物や窒素酸化物が大気中で反応し、硫酸や硝酸を含む比較的pHが低い酸性の雨、霧、雪、ガス、エアロゾル(空気中に浮遊する微細な粒子)として、地表に降下するものです。これらが樹木に降り注ぐと、樹木の光合成能力や成長が低下することがあります。さらに、これらが長期間にわたって土壌に沈着すると、土壌の酸性化が進み、溶け出したアルミニウムイオンなどが樹木に悪影響を及ぼす可能性もあります。最近では、大気中の反応性窒素が森林生態系に及ぼす影響が懸念されています。私は、約25年前に、樹木の成長に対する過剰な窒素負荷の影響に関する実験的研究を行い、窒素感受性が比較的高い樹種でその成長が抑制されるメカニズムなどを解明しました。
日本における主要なPM2.5は、ブラックカーボン(BC)粒子と硫酸アンモニウム粒子です。私は、約15年前から世界に先駆けて、BC粒子と硫酸アンモニウム粒子が植物に与える影響を研究しています。BC粒子は都市大気汚染物質で、硫酸アンモニウム粒子は越境大気汚染物質として知られ、いずれも葉の表面に沈着して植物に影響を及ぼします。
都市の大気浄化に適した植物とは?
私は、都市緑化樹による大気浄化能力の評価に関する研究も行っています。植物は、気孔を介してオゾンのようなガス状大気汚染物質を葉内に吸収し、葉面にはBC粒子のようなPM2.5を沈着させるため、都市大気浄化への貢献が期待されています。しかしながら、都市緑化樹の成木による大気浄化能力の評価法はまだ開発されていません。そこで私は、その樹冠によるオゾンの吸収能力や葉面BC粒子沈着量の評価法を開発し、オゾンやPM2.5で汚染された都市大気の浄化に適した樹種をできるだけ早く提案したいと考えています。
思い出と経験の融合が導いた環境科学への道
私が植物や大気汚染の研究に興味を持った理由は、実はハッキリしていません。ただ、私は、美しい花が咲く藤棚やショウブの池があり、10本以上のシュロの木が植えられているような植物が豊かな小学校に通っていました。また、サッカー部の活動中に、部員達が目や喉の異常を訴え、練習が中止になった日、皆で一緒に近くの展望台へ行って、冷たいジュースを飲みながら海岸を眺めていると、空気が澱んで、海や周りの景色が鮮明に見えなかったことをよく憶えています。今考えてみると、当時(1970年頃)は、光化学スモッグが極めて深刻な状態で、その後、中学1年生の時に光化学オキシダントの環境基準が告示されたのでした。そして高校時代、文理によるクラス分けがなく、全生徒が源氏物語を読破し、数Ⅲの授業を受ける学校で、私は、剣道部と軽音楽部に所属する文系の生徒でしたが、友達と高校生活を楽しみ過ぎた結果、現役で受けた大学はすべて不合格となりました。予備校では最初の3か月だけ祖父の後継になろうと医学部を目指しましたが、夏以降は環境科学という当時は理系と文系の合いの子のような新しい学問に興味を持ち、日本で初めて環境を専門に研究する学科であった東京農工大学 農学部 環境保護学科に入学したのです。私がこれまでやってきた研究へのきっかけは、もしかしたら、小中学校の思い出と高校や浪人時代に身につけた文系的センスと理系的センスが融合されて生まれたのかもしれません。
人類の「命の恩人」である植物を保護する
私は、「植物は人類の生命維持装置である」と考えています。なぜならば、植物は、その光合成作用によって生命維持に不可欠な酸素を供給してくれるだけでなく、葉の気孔から大気汚染ガスや二酸化炭素を吸収し、葉面に微小粒子状物質(PM2.5)を沈着させ、私たちの生活環境における大気を浄化し、地球温暖化を防いでくれるからです。このように、植物は、私たちの「命の恩人」なのです。したがって、様々な環境ストレスから植物を保護することは、地球上で生活している人の命を守っていくために必要不可欠なのです。私は、自身の研究を通して、「みどり豊かな地球のお医者さん」として、地球環境保護や人類の持続可能な発展に貢献できることにとてもやりがいを感じています。
皆さんの目標は、大学に合格することではなく、大学で自分が興味のあることを見つけ出し、それをガムシャラに勉強・研究し、自分自身を社会で通用するレベルに高めることです。皆さんは様々なすばらしい才能と独特のセンスを持っていますので、偏差値だけで大学を選ぶのではなく、自分がやってみたい学問や研究を思う存分できる大学を目指してください。受験勉強は大学に合格するために行う勉強ですが、その時の努力はその後の人生にも影響します。「努力は裏切らない」と思いますので、お体に気をつけて、がんばってください。
東京農工大学 農学部 環境資源科学科
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伊豆田 猛先生の研究室
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東京農工大学_伊豆田 猛先生
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