Interview
1兆分の1秒以下の「超短光」で、見えない世界を見る
豊田工業大学 電子情報分野 レーザー科学研究室 教授
藤 貴夫 先生
新たなレーザー開発で大きなブレークスルーを生み出せ
私が行っているのは、一言で言えば、レーザーの研究です。これまでにない新しいレーザーの設計を考えて、それを実現し、さらに、そのレーザーを使った新しい計測を行います。その計測によって、これまで見えなかったものを観測し、大きなブレークスルーを生み出すことが理想です。レーザーと言っても、いろんなものがあるのですが、昔から今まで継続して行っているのが「超短光パルス」を発生するレーザーの開発です。超短光パルスとは、ピコ秒(10−12秒)以下の幅を持つ光エネルギーの集まりで、非常に短い時間だけ光を放出するレーザーです。これは、カメラのストロボのように瞬間的に光を発するため、そのようなタイムスケールで動く現象を観測するような計測に使うことができます。2023年のノーベル物理学賞は、アト秒(10−18秒)パルスレーザーの実現が対象となり、この開発分野で最も活躍した人たちに授与されました。アト秒になると電子の動きを見ることができることになります。
赤外線を使ったレーザーで、がんの診断が可能に!?
私は、レーザー光を見たとき、なぜあんなにも美しい光が出るのか、もっと深く知りたいと思い、大学4年時に光を専門的に扱っている研究室を選びました。卒業研究では、レーザー光を使わなかったものの、その中で、光と物質の相互作用について深く理解することができ、とても面白いと感じました。その経験をきっかけに、これまでレーザーの研究を継続しています。ここ十年ぐらいの研究では、赤外線を使った超短光パルスレーザーの開発に力を入れています。赤外線は波長が長いため、アト秒ほど短いパルスを発生させることはできませんが、物質の成分や状態によって赤外線を吸収する波長が異なるため、その性質を利用して、物質の特徴を詳しく調べることができます。最近では、フェムト秒(10−15秒)の赤外線パルスを使い、分光しながら画像化する技術に成功し、タマネギの細胞を染色せずに核を区別できました。この技術の性能をより高め、将来的にはがん組織を傷つけることなく診断できる装置にしていきたいと考えています。
精密な調整が生み出す奇跡の瞬間
私の研究室では、重要となるレーザーの技術が3つあります。
・レーザー発振(レーザー光の発生)
・モード同期(超短光パルスを発生させる技術)
・フェムト秒パルスの時間合わせ(2つのフェムト秒パルスが同時に来るように光路を調整する技術)
これらの技術の特徴は、うまくいったときにしか信号が出てこないことです。例えば、レーザー発振では、光を増幅するレーザー媒質を2枚の鏡で挟んだ発振器を作りますが、その2枚の鏡の角度がぴったり合わないとレーザー発振が起こりません。レーザー発振を見つけるためには、様々な工夫が必要です。その工夫はレーザーの種類によっても異なり、それを試行錯誤しながら考えているときは大変ですが、突然発振してピカッと光るのを見ると、苦労が報われたと感じてとても嬉しくなります。他の2つの技術も同様に、条件を合わせるのは難しいですが、突然現れる信号を見たときの感動は格別です。
レーザー装置や光計測技術を開発する魅力は、自分たちのアイディアを比較的容易に試せるところだと思います。また、先ほど述べたレーザー発振の調整では数μmの範囲で鏡を調整するため、日常生活とかけ離れた精度の調整を実現できることが面白いです。それから、これまでノーベル賞の対象となっている研究の多くが、レーザーや光に関連していることも、この分野の大きな魅力だと思います。
受験勉強は大変だと思いますが、私の経験上、受験で勉強したことはなかなか忘れないですし、勉強した内容は意外と社会に出た後でも役に立つことが多いです。今の機会に、その場しのぎの勉強ではなく、できるだけ内容もしっかり理解するような勉強をしておいてください。そうすれば、受験の結果にかかわらず、勉強しておいてよかったと思えるようになるでしょう。