Interview
千年先の文明を支える「さびない金属」への挑戦
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授
武藤 泉 先生
ステンレスを超える耐食性を鉄に
私は、金属の「耐食性」を高め腐食から守る研究を行っています。「さびない鉄」や「さびないアルミニウム」が私の目指すゴールです。私たちに身近な金属の多くは、水分と空気が存在すると腐食します。腐食は金属がイオンとして水溶液中に溶け出すことで始まります。したがって、簡単に言えば、金属のイオン化を防止することと、金属表面でのイオン化の速度と反応が生じる位置を精密に測定することが私の興味の対象です。実はこの金属のイオン化にも程度の差があり、ナトリウムやマグネシウムなどのイオン化傾向の大きい金属ほど腐食しやすく、銅や銀などのイオン化傾向が小さい金属ほど腐食しにくくなります。
イオン化傾向は、原子の最外殻に存在している価電子の性質で決まります。価電子が、原子から離れやすいということが、イオンになりやすいということだからです。私たちは、鉄に炭素(C)や窒素(N)を合金化すると、鉄の価電子のエネルギー状態が変化し、耐食性が飛躍的に向上することを見出しました。高耐食合金としてはクロム(Cr)やニッケル(Ni)などの高価な元素を多量に合金化したステンレス鋼が有名ですが、それと同等か、それ以上の耐食性を示す可能性があります。希少な鉱物資源に頼ることなく、現代社会の基盤を支える鉄の高耐食化に成功した点がこの研究のPRポイントです。実験とコンピュータシミュレーションを併用し、肉眼では観察できない価電子のエネルギー状態を捉えたことからも国内外から注目されています。
目には見えない腐食の極初期を捉える
また、金属のイオン化の速度を電流値として精密に計測すると共に、金属表面のどの位置から溶解が始まるのかを動画として捉える新技術の開発にも成功しました。一般的にはµA(マイクロアンペア、1×10−6 A)の電流を計測しますが、私たちの開発したシステムではfA(フェムトアンペア、1×10−15 A)という極めて小さな電流を計測できます。これにより、イオン化反応の極初期段階を捉えることができるということです。しかも、溶解が開始する位置を0.3 µmの分解能で特定することができます。私たちの身の回りにある金属は、微小な結晶が集まった多結晶体です。実用金属材料では、結晶と結晶の境界に不純物が濃縮すると耐食性が低下する場合があります。そこで、どのような場合に耐食性が低下するのか、どのような対策を施せば低下しないのかを解明し、実用金属材料の耐食性低下を防ぐ提案も行っています。
金属をさびさせるのは簡単だが、実は理論は不正確
電気化学という学問分野は、化学と物理が大好きだった私の興味をかき立てました。電気化学は物質間で電子がやり取りされる際に起こる酸化・還元反応を扱う学問です。大学4年時に選択した電気化学の研究室で腐食現象を電気化学的に解明する研究に出会いました。修士課程修了後は民間企業に就職して、17年間にわたって電気化学の視点から耐食材料の開発や金属材料の製造プロセスの改善、実環境で腐食した金属材料の原因解析などの研究に従事しました。この間、腐食現象の正確な理解の重要性や産業界から受ける高耐食金属材料への期待の高さを実感。そして42歳で大学において教育研究を行う機会を得た際、実学の側面が強い耐食性研究に学理の基盤を構築できるのは自分しかいないと決意し、今に至っています。赤さびに代表される腐食現象は私たちにとって馴染み深いものです。その再現は非常に簡単で、金属を塩水に浸しておくだけです。その反面、学術的解釈や理論においては、不正確であったり不十分であったりすることが多い分野でもあります。半導体や磁石のような物性理論に比べると、まだまだ発展途上にあるので、自分の手で理論体系を作るという意気込みで研究を行っています。
腐食の原因を取り除けない地球で賢く金属を使い、人類の持続可能性を高める
鉄などの金属は私たちの暮らしを支える重要な材料ですが、腐食しやすいのが欠点です。金属は、水分と空気にさらに塩分(塩化物イオン)が共存すると、その激しさは増します。しかし、腐食の原因である「水」「空気」「塩分」は、人間にとって不可欠なもので、我々の身の回りから、この3つをなくすことは現実的ではありません。海(塩水)が7割を占め、酸素(O2)を約21%含む空気が存在する地球において人類は、腐食しやすい金属を賢く使って、千年後も、その先も文明を持続させていく必要があります。 今よりさらに腐食しにくく長持ちする安価で省資源な金属材料を開発することができれば、資源の節約、メンテナンスコストの低減、安全性の向上といった社会全体の利益につながります。耐食性に関する研究の進歩は、地球環境や人類の持続可能性を高めるために不可欠な基盤研究の一つであると信じています。
私たちは、自動車やスマートフォンなど多くの人工的な「モノ」に囲まれて豊かな生活を送っています。これらは、誰かが発明した結果として私たちの前に出現したモノです。ところで、人工物を発明し実用化するには、新しい仕組みと新しい材料の2つが不可欠です。例えば、自動運転という仕組みを考案したとしても、障害物を検知するセンサーがなければ絵に描いた餅です。センサーは、材料そのものです。このように、仕組みと材料は一体となって私たちの社会を支えています。大学での研究も、大きくは仕組みと材料に分けることができます。どちらを軸足にして社会に貢献したいのかを考え学部や学科を選んでください。大学はどのような職業につきたいのかで選ぶべきです。ぜひ10年後の自分を思い描いて目標を決めてください。
東北大学 大学院工学研究科・工学部
https://www.material.tohoku.ac.jp/
武藤 泉先生の研究室
https://www.material.tohoku.ac.jp/~devzai/lab.html