Interview
コロナ禍で不要不急とされ大打撃を負った上演芸術を
次世代に継承していくために
多摩美術大学 美術学部 演劇舞踊デザイン学科 教授
金井 勇一郎 先生
教授・会社代表取締役・舞台美術デザイナーの3足の草鞋
共通するのは『舞台美術』
私は現在、大学教授(多摩美術大学美術学部演劇舞踊デザイン学科)・会社代表取締役(金井大道具株式会社)・舞台美術デザイナーと3足の草鞋を履いております。どれにも共通しているのが『舞台美術』というカテゴリーです。
多摩美術大学美術学部演劇舞踊デザイン学科は、舞台芸術を支える感性豊かな新体位の表現者、演出家、振付家、劇作家など、また創意豊かな演出空間を創造するデザイナー、大道具、小道具、衣裳の製作者、舞台監督などを育成することを目的とした学科です。多種多彩なスキルに連動した基礎的な理論を取得できる専門講義を担当しています。
金井大道具株式会社の主な業務内容は、演劇、古典芸能、イベント、ファッションショー、コンサート、展示会、式典、テレビセット、などの大道具デザイン、制作、施工、監理、劇場、ホール、テレビスタジオの道具備品の設計、納品、管理、海外招聘公演、海外公演のプロダクションならびにテクニカルコーディネートです。
舞台美術デザインについては、大学建築学科卒業後、2年間文化庁在外研修員として、ニューヨークのメトロポリタンオペラハウスで、インターンとして様々なプロダクションの舞台装置製作図面を書く手伝いを通して勉強しました。超一流の演出家・舞台美術家がこの劇場で創作する作品に触れることができ、今の私の原点になっていることは間違いありません。帰国後は歌舞伎の海外公演に携わり、およそ10年間で53都市、歌舞伎とともに世界中を旅しておりました。その間に世界中の劇場、舞台技術などを吸収できる機会に恵まれました。その後舞台美術を独学で学びながら、少しずつデザインする機会が増えてきました。「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~阿津賀志山異聞2018巴里~」などの美術も担当しています。
コロナ禍で不要不急とされてしまった芸術
現在の状況は?
現在の研究テーマは『芸術文化における人材育成~技術の継承』です。芸術文化の現状における課題を様々な側面からのアプローチをもって解決していくという、課題・問題解決型の研究に近いと思います。この課題の研究は前述した、多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科、金井大道具株式会社、舞台美術デザイナーの3つの側面からアプローチを行い、私の場合は『舞台美術・舞台技術』の観点から、実践的に研究を進めたいと考えております。
ご存じのように、2020年の年明けからの新型コロナウイルス感染拡大は、世界中に大きな影響を与えました。特に芸術文化やエンターテイメントは『不要不急』と位置づけられて、2020年から一定期間、日本では完全に火が消えてしまいました。劇場の閉鎖、演劇、イベント、コンサートの延期・中止に伴い、金井大道具株式会社も大打撃を受け過去に経験のない状況に陥り、2年間厳しい経営状況でした。当然のことながら、舞台美術デザインの仕事も、限りなくゼロに近い状況が続きました。
ではアフターコロナの今はどうかというと、国からの援助を受けているにもかかわらず、コロナ禍前の状況には戻っていないのが現実です。コロナ禍において、多くの専門技術者はこの世界を去り、事業継続が困難な会社は倒産と追い込まれてしまいました。これは芸術文化、上演芸術の将来的な成長、発展におおきな影を落としました。
演出空間、演者、観客が三位一体の上演芸術において「人材」は生命線
流出を食い止め文化を継承していくために
上演芸術は演出空間、演者、観客の3つが1つとなって初めて成立するものであり、どれが欠けてもその意義を損ないます。しかし、現在、演出空間を陰で支えている舞台技術者(音響・照明・大道具・小道具)の流出に歯止めがかからず、また新規採用も難しい状況にあります。
日本における芸術文化・上演芸術はまだまだ娯楽の域を超えず『不要不急』なわけですが、欧米諸国においては、生活の一部であり、まさしく文化として確立されております。日本においても、先人たちが築き上げてきた財産を守り、さらに進化・発展させながら、次世代に継承していかなければならないと考えています。
そのためにも「人材」は生命線です。私の研究テーマは、将来の芸術文化・上演芸術の発展のための礎になる可能性があると考えておりますが、これを推進していくためには、各分野が抱えている問題点を明確にして、解決の糸口を探っていかなくてはなりません。共通している問題点は、①上演芸術に係る技術者の職業的認知度の向上 ②働き方改革による、長時間労働の是正 ③芸術文化・上演芸術の分野に進みたい新規人材(大学生・専門学校生・高校生など)への門戸を開くためのアプローチの方法です。まずはこの共通した問題点・課題をしっかりと分析していかなければなりません。そこで、最初に述べたように、大学教授・会社経営・デザイナーの3つの側面からアプローチを行い、今までの経験とネットワーク、リソースを駆使しながら進めております。
IT技術の発達により、いまや手元のスマートフォーンで世界中の情報が手に入り、また世界中へ様々な情報を発信することができます。芸術文化の世界においても、様々な分野でIT技術の導入が進んでおり、また近い将来AIとの共存共栄があたりまえの世界になってくるでしょう。しかしながら、芸術文化、特に上演芸術の世界は、生身の人間が演じ、踊り、そして語ることによって、観客にパフォーマーの情熱を発信し、感動を与えます。この根幹は、どんなにIT技術やAIが発達しても変わらないでしょう。
多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科では、人と人とのコミュニケーション、人間同士の対話を第1に考え、そのうえで各専門分野の基礎知識から応用へとスキルアップしていき、将来の芸術文化・上演芸術を担う人材を育成しております。多摩美術大学にかかわらず、受験生の皆さんは、ある程度は将来の夢と自身がやりたいことを明確にしたうえで、志望大学なり、志望学科を決めて、それに向けて日々、努力を重ねていただきたいと思います。何事にも真剣に取りくめば、必ず夢は叶います。
多摩美術大学 美術学部 演劇舞踊デザイン学科
https://www.tamabi.ac.jp/dept/sd/