Interview
カーボンニュートラル実現の鍵を握る
強くて錆びにくいアルミニウムを創り出せ!
芝浦工業大学 工学部 材料工学科 教授
芹澤 愛 先生
水蒸気を使った世界初の技術開発
私の研究分野は「材料工学」――新しい材料や、材料の機能や特性を高める技術を創り出す学問です。世界には様々な材料がありますが、その中でも特に、軽金属の代表であるアルミニウムの開発に関わっています。アルミニウムは、鉄の3分の1という圧倒的な軽さが最大の武器です。そのため近年では、軽量化が求められる飛行機や電車、自動車などの輸送機器材料として非常に多く使用されています。みなさんは、カーボンニュートラル(※)という言葉を聞いたことがありますか。実はカーボンニュートラルの達成には、軽くて強く、耐久性のある材料が鍵となります。というのも、輸送機器は車体重量が軽ければ軽いほど二酸化炭素の排出量を低減できるからです。したがって、アルミニウムは将来、ますますなくてはならない材料になると期待されています。
そこで開発を進めているのが、水蒸気を使ったアルミニウムの高機能化技術です。アルミニウムに求められるのは、曲げや衝撃に負けない高い強度と、錆(さび)の発生や化学変化に耐えうる高い耐食性です。ただし、この2つの特性はトレードオフの関係にあり、従来の処理では片方を強化するともう片方が大きく低下するという課題がありました。しかし、私の発明した水蒸気プロセスは、高強度化と高耐食化を両立する世界初の技術です。1プロセスで、しかも水蒸気のみで、強度は数倍、錆びにくさは最大1000分の1程度になります。また、液体ではなく気体を利用するので大型製品への処理も容易です。さらに、必要とする熱エネルギーが小さく、化学薬品の廃液なども発生しないため、環境負荷が圧倒的に低く地球環境を守ることにも繋がるのです。
※カーボンニュートラル:二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることで、排出量を実質ゼロにすること
軽金属がもつ大きな可能性に魅せられて
私は高校時代、理科の授業を受ける中で自然科学の奥深さに魅了されました。特に、実験や実習で物質や材料に直接触れた経験は、今も強く記憶に残っています。また、部活動で、「科学の面白さを知ってもらおう」と子どもが3人ほど乗れる小さなリニアモーターカーを作った体験は、研究の原点となっているかもしれません。リニアの車体を浮上させるために使用した強力なフェライト磁石は、日本の研究者によって世界で初めて開発されたものです。新材料の開発で私たちの生活をより便利にできることを目の当たりにし、私も社会に役立つような新材料を開発したいと夢見て、材料工学を志しました。中でも軽金属材料の研究室を選んだ理由は、金属がもつ材料としての大きなポテンシャルに感銘を受け、さらに省エネルギーの観点から、今後様々な輸送機械の軽量化が重要になると睨んだからです。アルミニウム材料においては、マグネシウムやシリコン、亜鉛、銅などを混ぜ込んで「合金」とすることで、様々な優れた特性が発現します。混ぜ込んだ各原子の配置を原子レベルでコントロールすることで、今までにない特性を引き出せるのです。「原子を操った材料設計」というマテリアルデザイン手法は非常に面白く、材料開発の可能性は無限と感じています。
材料工学は、より良い未来の社会を作る
材料工学は、「ものづくり」の学問です。自分の力だけで新しいものを創り出せる、アイデア次第で可能性は無限、こんなものがあったらいいな、こんなことができたらいいな、を実現できるところが魅力です。しかも、これからの社会にはどんな材料が必要になるか、どのようなものづくりをすべきかを考えた材料開発は、私たちが生活する未来の社会を作ることにつながります。現在取り組んでいる、水蒸気プロセスを用いた高機能アルミニウムの実用化が実現すれば、従来は鉄が主体だった自動車の材料も、どんどんアルミニウムなどの軽金属に置き換わっていきます。自動車が軽量化されると燃費効率が向上し、二酸化炭素の排出量が削減されます。また、材料がすべてアルミニウムになればリサイクルも容易になるという利点もあります。新素材の開発は、社会をより良く変えていくことにつながるのです。自分で手掛けた研究や発明によって私たちの生活が便利になり、地球環境問題の解決に繋がる可能性が広がっていることに大きな魅力を感じています。
世の中に広く目を向けてみましょう。世界では、新しいもの、新しい技術が次々と生まれてきています。その中で、自分が何に対して興味を持っているのか、何を面白いと感じるのか、そして将来何をしたいのか、自分自身と向き合ってよく考えることが大切です。学生と接していると、興味のあることに取り組んでいるとき、モチベーションが最大に発揮されて著しい成長に繋がっていると感じます。学部や学科を選ぶときも、流行りに乗っかるのではなく、まずは自分が興味のあることをしっかり探してほしいです。学問の源は、知的好奇心だと思います。できる限りたくさんの経験をし、新しいことに挑戦し、その上でこれだ!と思えるものを探してください。その熱い思いは一生抱き続けることができるものです。
もう一つ、材料はものづくりに欠かせないものです。何かを作る際には材料がなければなりません。既存の材料では要求を満たせないこともあります。そんなとき、材料工学は、要求を満たす材料を新しく創り出せるのです。将来の選択肢を増やすことのできる材料工学の魅力を知り、ものづくりへ興味を持っていただければと思います。
芝浦工業大学 工学部 物質化学課程 環境・物質工学コース
https://www.shibaura-it.ac.jp/faculty/engineering/