Interview
栄養によってプログラムされる体。
その仕組みを解明し、動物たちの健康を守る
日本獣医生命科学大学 応用生命科学部 動物科学科 教授
太田 能之 先生
出生前後の栄養状態が生涯の体の働きを決める
栄養によって身体が変化する現象と仕組みを解明し、それを利用する方法の開発を行っています。
私の主な研究分野ひとつに、動物の「初期栄養」に関する研究があります。簡単に言うと、鳥類で言えば孵化の前後、哺乳類で言えば妊娠と授乳期の栄養状態が、子供の生涯にわたる代謝形質をプログラムする現象について、その仕組みを明らかにしようとしています。
ほとんどの動物の身体は、たった１つの受精卵から始まります。受精卵は、遺伝子が発現すると、細胞分裂を繰り返しながら動物として形と仕組みを手に入れていきます。この時、使う遺伝情報と使わない遺伝情報を分けて固定することによって、元は1つの細胞だったものが、組織や臓器など、多種多様な役割を持つ細胞に分化していきます（ちなみに、この逆を行うのがIPS細胞ですね）。
そしてこれは、動物の身体と仕組みが出来上がった後も続いていきます。母親が置かれている栄養環境は、妊娠中や授乳中に子供へ伝わると同時に、関連する遺伝子の発現を固定し、母親と同じ栄養環境に適応した状態が、死亡するまで続くのです。このような現象全体を「ニュートリエピジェネティクス」と呼び、発現する遺伝子がどのように選ばれるかを「代謝プログラミング」、中でも出生前後に起こることを「代謝（栄養）インプリンティング」と呼びます。つまり、ゲノムが同じでも栄養状態が違えば、異なった代謝の特性を持った動物が存在しうる、ということになるわけです。
これは、私たち人間を含め、様々な動物たちの日々の栄養管理や動物の個性に合わせた栄養管理（例えば、絶滅危惧種において、野生からの保護個体と、飼育下繁殖個体で差別化するなど）、それから、動物に合った栄養的個性を持たせる技術につながります。ただ、どんな栄養素がどんな状態のときに、どのような代謝プログラミングに結び付くのかは、一部を除き解明されていません。私たちの研究室では、動物側と栄養（素）側、両方からのアプローチでその秘密を明らかにしています。ある部門では、世界でそこだけの特殊な方法で、脳と体(抹消)の代謝的制御の相互作用を研究しています。
「光」のもつ栄養性。動物との関係を探る
また、私たちの身体で起こっている代謝は、体内の栄養素由来によるものだけではありません。例えば、日光浴によってビタミンDの生成が促進されるように、光からも代謝補助を受けています。さらには、光によって生体リズムをつかさどる脳の領域と、食欲や代謝をつかさどる脳の領域は、近縁に存在するばかりでなく、共通の物質が関連するなど、光の栄養性が散見されます。植物による光合成、つまり葉緑体での炭酸同化作用と同じ視線では解明できない、光と動物の関係についても研究しています。
動物の栄養状態を簡単に知る方法とは
これまで様々な研究者が取り組んできた結果と、すでに述べた体の代謝（栄養）的仕組みの研究結果から、動物の栄養状況が、体の外に排泄される物質に反映されることや、その可能性が示されています。これらの物質のうち、採取や測定がより簡単で、かつ全く動物に触れず栄養状態を評価できる物質の特定と、その方法についても研究しています。これが実現できれば、動物にストレスを与えずに、肥満・削痩や病気になる前の栄養評価が可能になります。
「私たちの体は食べたものでできている」と言われますが、全ての機能、そして心さえも、食べたものによってつかさどられています。そのことに気づいたのが、この研究に興味をもったきっかけでした。見つけた現象や、理解した仕組みによって、不調になっている動物の状態を改善したり、より健康にしたりなど、結果に結び付けられるような基礎研究、応用方法の検討、技術の開発までを一貫して行っています。
世界で初めての発見をし、実際に役に立っているところまで見渡せる。入口から出口まで色々な喜びを得られることが、この研究の面白さであり、やりがいとなっています。
太田先生からのメッセージ
目の前の動物には、世界でわかっていないことがまだまだたくさん隠されていて、教科書では触れることのできない発見に満ち溢れています。
大学は、そこの領域に自分の力で踏み込むための知識とツールと環境を手にする場所です。
関連情報
学部
社会科学系
自然科学系
総合系
