Interview
飼い主も動物も、そして周囲の人も幸せに暮らす社会を目指して
日本獣医生命科学大学 獣医学部 獣医保健看護学科 教授
水越 美奈 先生
動物の「心の病気」や「福祉」を考える
私の研究は大きく分けると2つあります。
1つは「行動診療」で、ヒトの医学でいうと、精神科や心療内科に当てはまる診療科になり、対象は犬と猫です。多様な症例があり、攻撃性だけでなく、不安や恐怖症、またヒトでいう「強迫性障害」に似た、常同障害や自傷行動などもあります。こういった動物の【こころの病気】を改善することや、その予防について研究しています。
もう1つは「人と動物のより良い共生(関係)」についてです。たとえば、動物介在療法や身体障害者補助犬など、主に犬が多いですが、一部の動物がヒトの健康や生活を助ける役割を担っていることは皆さんもご存知でしょう。さらに、動物を飼育することが、ヒトの健康に役立つことも明らかになってきました。このように「人が動物から受ける恩恵」は良く知られていますが、動物側のストレスや福祉について考えることも重要であると考えています。動物自身が苦痛なく人と生活を送ることができるような社会を目指して、人と犬の関わりについて研究・調査を行っています。
病気や怪我を直す以前にある大切なことに気づいた
もともと動物が好きで、中でも犬が好きでした。子どもの頃に飼っていた犬が病気になり、それを治したい、という理由で小動物(犬猫)の臨床獣医師を目指しました。実際に臨床獣医師となり、動物病院で働くようになると、楽しく暮らそうと動物を飼ったのに触れないであるとか、咬まれてしまうであるとか、そういった理由で動物と暮らすことが辛くなっている飼い主や、健康であるのに問題行動のために飼育放棄される動物を見て、病気や怪我を治す前にもっと大切なことがあるのではないか、と気づかされました。また、ちょうど私が獣医師になってすぐの頃は、アメリカで行動診療が盛んになり、専門医制度ができたり、論文などが多く発表されたりした時期でもありました。それらが大きな刺激になり、専門的に勉強したいと考えるようになりました。
また、動物行動学や臨床動物行動学を勉強していくと、ヒトと動物が一緒に暮らしていくうえで、「動物福祉」はとても重要であることがわかりました。ヒトだけでなく動物も、つまりお互いが幸せにならなければ「人と動物の共生」は成立しないという考えから、ヒトと動物との関係についても考えるようになりました。
飼い主と動物が困難から解放される喜び
「行動診療」では、治療の中で動物の行動が改善していくと、飼い主も動物も明らかに表情が明るくなっていくのを目にすることができます。楽しく一緒に暮らそうと飼い始めた動物が、そうではなく苦痛の種になってしまったことは、飼い主にとってもとても辛いことだと思いますし、動物にとっても良い状況であるとは言えません。それらが解放されていく過程にお付き合いできることはとても嬉しいですし、そのためにもっと良い方策がないかを考えたり工夫したりすることは楽しいです。個々の動物からも多くの学びを得ることができます。
動物医療は【動物の健康を守る】というイメージが大きいかもしれませんが、人間と同様に、動物も身体だけでなく心の健康も重要だと考えています。
また、そのような問題行動が起こる前に、どのように介入すれば飼い主が困ることなく、動物も飼い主も快適に楽しく共生することができるか、ということを考え、実践することで、「飼い主も動物も、そして周囲の人も幸せに暮らす社会」になっていくことが、私の一番の目標であり、今までも、そしてこれからも続く私の夢でもあります。
獣医師や愛玩動物看護師は、動物だけではなく、飼い主やその動物の周囲にいる人や環境のすべてを幸せにする職業であると考えます。
私の分野もそうですが、獣医療の職域は皆さんが今考えているものよりもずっと幅広く、犬猫を始めとする伴侶動物から牛豚などの産業動物、また魚や鳥、海獣など、様々な動物を対象とします。また、動物だけではなく、食の安全や人々の健康を守ることにも貢献しています。大学に入学してから、たくさんの魅力ある分野に出会うことができると思います。ぜひ夢を叶えてください。