Interview
災害、戦争、サイバー攻撃…
現代社会に求められる「危機管理」とは?
日本大学 危機管理学部 危機管理学科 教授
吉富 望 先生
沖縄戦の悲劇を繰り返さないために
私の研究内容は「防衛」と「防災」です。「防衛」については、日本の防衛上の重点地域となっている南西諸島での防衛態勢について研究しています。中でも特に、中国による台湾侵攻などが発生した、あるいは切迫している場合に、近接する沖縄県の先島諸島の住民の安全を確保する方策(国民保護)について焦点を当てています。
現在、日本政府は事態が切迫した際に住民を九州などに避難させる方向で検討を進めていますが、約12万人の住民を約1,000キロメートル離れた九州に迅速に移動させることは容易ではありません。また、避難する期間が見通せない中、安心して避難先で生活できる環境の整備も難しい課題です。一方、住み慣れた地域を離れることを拒む住民の存在も予想されます。残った住民は戦闘に巻き込まれる可能性もあり、その安全確保は更に難しい課題です。沖縄県では太平洋戦争中に日本軍と米軍とが凄惨な戦闘を繰り広げ、これに巻き込まれた10万人以上の民間人が命を落としています。この原因として、当時、住民の安全を確保する方策(国民保護)が不十分であったことは否定できません。こうした悲劇を繰り返さないため、国民保護について研究していくことは重要だと考えています。
南海トラフ地震が起きたとき、救援物資は?
「防災」については現在、被災直後における救援物資等の輸送について研究しています。中でも、周囲を海に囲まれ、多くの離島が存在する日本の地理的な特性を踏まえて、海上輸送に焦点を当てています。
2024年元日に能登半島地震が発生した際は、多くの陸路が土砂崩れ等で通行不能となり、救援物資の陸上輸送に時間がかかりました。この際、海上輸送も行われましたが、その規模は小さく効果も限定的でした。日本では、近い将来に南海トラフ地震の発生が予想されていますが、その場合には津波や土砂崩れなどで陸路が寸断され、海岸付近の被災地に救援物資等を輸送することが難しくなると考えられます。その際には海上輸送が重要となりますが、残念ながら、能登半島地震で明らかとなったように、現在の日本では被災地に対する海上輸送能力は不十分です。その理由の一つは、地震や津波で港湾が使用不能になった場合に、救援物資等を輸送できる特殊な船舶が少ないことです。このため私は、被災地を訪問し、港湾や海岸を調査しながら、造船会社と協力してこの種の船舶に関する研究を行っています。
元自衛官としての問題意識と強い意志
私が防衛に関する研究に興味を持ったきっかけは、防衛大学校に入校したことです。平和を維持するための防衛の重要性と大変さについて頭と身体で認識する中で、防衛のあり方に関する問題意識が芽生えました。卒業後は、陸上自衛隊での業務の傍らで細々と研究を続けていましたが、幸いにも大学院の修士課程で学ぶ機会を得て、それ以降、本格的に研究を進めるようになりました。また、2011年に発生した東日本大震災で防災に関する研究にも興味を持つようになりました。当時私は、陸上自衛官として防衛大学校で教育と研究に従事しており、災害派遣に直接参加することはなかったのですが、テレビなどで多くの陸上自衛官が被災地の厳しい環境の中で懸命に救援活動に従事している姿を見て、自分も研究の分野で何かの役に立ちたいと強く思いました。
研究を通じて人の命や暮らしを守る
防衛も防災も人の命や暮らしを守ることに直結しますし、防衛には自由や民主主義という日本の基本的な価値観を守るという意義もあります。陸上自衛官として32年間に渡って防衛や防災に心血を注いできた私としては、退官後も研究活動を通じて微力ながらそれに寄与できることは大きな喜びです。また、防衛や防災を取り巻く環境は日々変化しており、新たな環境に適合したハードやソフトを生み出すための新たな研究が求められています。こうした新たな研究にチャレンジするワクワク感も大好きです。
日本では防災に関しては関心も高いのですが、防衛に関しては、偏見、誤解、忌避感が強く、学校教育にもこの傾向が反映されています。このため、ほとんどの大学生は防衛に関する基礎的な知識を持ち合わせていません。しかし、そのような大学生も、私の授業やゼミでの学びや議論を通して次第に防衛に関する知識を得て、しっかりとした見解を述べるようになります。その様子を見ると、学生の知的な発展に寄与できたとの充実感を感じます。
危機管理と聞くと、難しくて馴染みが無いと感じるかもしれません。しかし、実はみなさんは毎日、危機管理を実践しています。例えば、道路を横断する際に左右を確認したり、コロナに感染しないようにマスクを着けたりするのも危機管理です。つまり、みなさんは既に一定の危機管理能力を持っているのです。日本で唯一となる文科系の危機管理学部である日本大学では、みなさんが既に身につけている危機管理能力を学問として整理し、発展させ、深掘りして、災害、事故、虐待、ハラスメント、犯罪、戦争、環境破壊、個人情報の流出、サイバー攻撃などの様々な社会的課題に対処できる知識、思考力、判断力を育成します。あらゆる危機が存在する現代社会では、危機管理を学んだ人材に対する高いニーズがあります。みなさんも一緒にオンリーワンのパワーを磨き、社会で輝いてみませんか。
日本大学 危機管理学部 危機管理学科
https://www.nihon-u.ac.jp/risk_management/
吉富 望先生の研究活動(日本大学災害研究ソサエティ)
https://www.runit.cst.nihon-u.ac.jp/nuds/