Interview
「日本語学」の研究を通して
昔の日本人と会話をする
名古屋大学 大学院人文学研究科 教授
齋藤 文俊 先生
「漢文訓読」的な表現は
現代でも日本人に好まれている
私の専門分野は「日本語学」、そして特に研究対象としているのが「漢文訓読」です。みなさんも漢文を勉強していると思いますが、「漢文訓読」って、あらためて考えるととても面白いシステムです。普通、外国語を日本語に翻訳する時は、英文和訳でもわかるように、もとの外国語(英文)が残ることはありません。でも、漢文訓読は、もとの漢文という外国語に色々な文字や記号を書き加えることで、日本語として読むことを可能にしてしまいます。そしてその奇妙な翻訳方法によってできあがった日本語は、ちょっと不自然で読みにくいものとなってしまっています。
でも、現代においても、いかにも漢文訓読的な表現というものを使用する場面があります。例えば故事成語や標語などで見る、「光陰矢の如し」とか、「ミステリと言う勿(なか)れ」といったようなものです。故事成語や標語として残っているということは、それだけ、この口調が日本人に好まれてきたということになります。そのような、漢文訓読的な表現がどのように形成されていったのか、特に漢学が盛んであった江戸時代にどのように変化したのか、そしてさらに明治以降、現代にいたるまで、どのように受け継がれてきたのかということを研究しています。
ことばの研究は、最近はコンピュータをつかって用例を集めることができるようになりました。でも、私が研究している漢文訓読という分野はまだまだ「生の資料」を実際に調査する必要があります。全国各地の図書館などに調査にうかがうこともあります。ずっと見たかった資料にやっと出会い、その資料を開く瞬間、その時のワクワク感が最高です。
点字の「翻訳」をきっかけに
日本語の複雑さと面白さに引き込まれる
最初、「日本語学」を研究しようとは思っていませんでした。大学に入って、私もいくつかサークルに入ったわけですが、その一つが、本などを点字に「翻訳」する点訳サークルでした。日本語の点字は、基本的にひらがなと同じ表音文字なので、漢字かな交じり文を、ひらがなだけで書かれた文章に直すようなことになります。でも、ひらがなだけで書かれた文章って読みにくいですよね。だから、適当なところで空白をあける「分かち書き」というのをしなければなりません。自分勝手に分かち書きをすると読みにくいので、点字の世界には基本的なルールがあります。そして何より難しいのが漢字を正確に読むこと。固有名詞や難しい漢字はもちろん、簡単な漢字も文脈によって「人気(にんき/ひとけ)がある」など正確に読めないといけません。そんな苦労をしているうちに、日本語の複雑さと面白さに引き込まれ、「日本語学」の世界に入ってしまいました。
「係り結び消滅記念日」なんてものはない
言葉の変化の経緯や理由を探る研究
私たちが、古文や漢文を勉強する意味って何でしょう。現代では、「係り結び」なんて誰も使ってないし、「キ・ケリ・ツ・ヌ・タリ・リ」なんて意味不明。そして、漢文はそもそも日本語?……そんなことを考えてしまうかもしれません。 でも、例えば平安時代の人は、係り結びを使って自分の思いを伝えていたわけです。「キ・ケリ(以下略)」だって、それぞれ別の言葉としてきちんと使い分けをしていたんでしょう。そして、それは突然使わなくなったわけではありません(「係り結び消滅記念日」なんてものはありません)。なぜ使わなくなったのか、そして、どのように消えていったのか、そんな問題を日本語学という学問では「研究」していきます。それは、昔の人たちと会話しているような楽しみがあります。表現方法は違うけど、結局は同じ人間。考えること、言いたいことは同じなんだとわかると嬉しくなります。
古文・漢文に限らず、受験勉強をしていると「なんでこんなことを覚えなきゃいけないんだ」と疑問に思うこともたくさんあると思います。
その疑問を大事に覚えておいてください。大学でその疑問を解明していきましょう。
名古屋大学 大学院人文学研究科
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