Interview
哲学を通して
世界の捉え方や世界との向き合い方
について考える
京都大学 大学院 人間・環境学研究科 教授
戸田 剛文 先生
イギリス経験論者の思想を通して
世界を捉えてみるとどうなるか?
私は、イギリス経験論と呼ばれるカテゴリーの哲学者を研究しています。この時代のイギリスは、ニュートンやロバート・ボイルをはじめとした近代科学の礎が築かれた時代で、“原子や分子といった小さな粒子で世の中の物体はできていて、それらが運動し、影響しあってさまざまな現象が生まれる”と考えられていました。
そういう粒子の運動などが私たちの身体に作用し、その結果が脳に伝わることで、“色や味などの質を伴った現象を知覚する”、そして”その色や味などの現象は心の中に存在する”と考えられるようになったのです。
普段「外の世界」として知覚している色付きの世界が、「心の中の主観的な現象」だというのは、私たちの感覚からしたらちょっと奇妙に思うかもしれません。目の前にある甘い、赤いリンゴがあったら、外にある客観的なもののように普通は考えるでしょう?
つまり、新しい科学的な世界観が、それまでの常識的な世界観に動揺を与える中、近代の哲学者たちは、私たちの世界の捉え方がどのようなものであるのか、私たちの知識とはどのようにして成り立っているのかということを考えてきたのです。
私は、彼らの思想を研究するとともに、彼らの思想を通して、私たちが持っているさまざまな考えの関係(例えば常識と科学の関係)とか、普段は意識されない日常的な信念に潜んでいる複雑な構造などを考えながら、私たちの世界の捉え方や、それに対して私たちはどのように向き合うべきなのかなどについて考えています。
身近なことから世界観まで研究対象
人の生き方にも反映されるのが哲学
基本的には、哲学というのは、「誰でもできる」「どこででもできる」という点が、一つの魅力です。「え、そんなこと?」と思われるかもしれませんが、案外重要です。誰にでもできるというのは、哲学的な問題がそこらじゅうに転がっているということです。「自由とは何か」とか「心って何か」とか「色とは何か」とか「知っているとはどういうこと」など、小さい頃から私たちが使ってきた馴染み深い言葉たちであり、当たり前すぎてそれがどういうことかを考えてみようともしない概念たち、そういうものに実は容易ならざる難しさがある。そのことに気づき始めると、「これってどういうことだろう」といろんな場面で考えるようになります。また、周りの人と議論するときも、「AはBか」だけではなく、そもそもAとはどういうものか、なぜ「AはBか」ということが問題なのか、その背景は何か、歴史的にはどう捉えられてきたのか、など、非常に多様な観点から物事を眺める習慣が身につきます。特別な経験は必要ないのです。
例えば私は、犬と暮らしだしたことをきっかけに、人間と人間以外の動物の関係などについても考え始めています。人間はたくさんの動物をさまざまな場面で利用していますが、一方で動物を尊重し、慈しむことを教えられます。こういった態度の間の関係はどのようなものなのか、人間が動物を扱う方法を通して、人間の道徳感などについても最近は関心を持っています。このように哲学はいつでも気軽にできるにも関わらず、哲学を研究していると、私たちの世界の受け止め方や、私たちの考え方がどういうものかについて、自分なりに理解が進みます。身近なものから、世界観のような大きなものまで全体的に研究でき、それがやがて自分の生き方にも反映されていく、それがこの学問の魅力だと思います。
「哲学」という言葉自体は、多くの方が聞いたことがある言葉かもしれません。ですが、案外哲学がどういうものかということは知られていないところも多いと思います。哲学というものは、実にさまざまなテーマと関わっています。哲学に興味があるならば、まず世の中の現象に関心を持つこと、それについて考えてみることが重要です。そして、さまざまな分野の勉強をすること。哲学には文系も理系もありません。あらゆる教科・学問が哲学にとっての重要なツールです。いろいろな体験をし、疑問を持ち、そして学び、考える。こういう基本的なことを大切にしてください。