北里大学 海洋生命科学部 千葉 洋明 先生 | 大学受験予備校・四谷学院の学部学科がわかる本        

Interview

遺伝ではなく環境によって決まる性
成長と繁殖の仕組みを解明し、海洋資源の増殖を目指せ!

北里大学 海洋生命科学部 准教授
千葉 洋明 先生


蒲焼のウナギは「オス」ばかり!?

多くの動物にはオスとメスの性が存在し、性染色体の組み合わせによって遺伝的に性が決まります。しかし、魚類のいくつかの種では、遺伝ではなく環境要因によって性が決まり、様々な雌雄同体現象や性転換を見せるものもいます。人為的な性転換も可能で、私たちヒトの性とは違い、かなりの柔軟性があります。これらの多様な性決定機構は、厳しい環境に適応するため進化の過程で獲得した繁殖戦略と考えられています。ここでは我々が研究対象としているニホンウナギ(以下ウナギ)について説明したいと思います。
ウナギは日本人にとって古来より慣れ親しんだ身近な生き物ですが、その生態は未だに謎と神秘に満ちています。ウナギの養殖は、そのシラス(稚魚)を捕獲して人工飼料を与え、半年から1年半ほどで商品サイズまで成長させるのですが、不思議なことに、これらのウナギはそのほとんどがオスであり、メスはめったに見られません。我々が食べる蒲焼きのウナギはオスばかりなのです。一方、天然河川で捕獲されたウナギは、雌雄の分布域に違いが見られるものの基本的に性比は1:1です。

絶滅の危機、メスの親魚を作り出すには?

ウナギは現在、乱獲と河川環境の悪化によりシラスの漁獲量が激減し、絶滅危惧種に指定されています。日本の食文化を守るため、そして、種苗を天然シラスに依存するウナギ養殖業を存続させ、天然ウナギ資源の維持を図るためには、種苗生産用にメスの親魚を作出すること、その人工親魚を用いて健康な種苗シラスを生産する技術を確立することが急務とされています。しかし、河川生活期である若齢魚の生態とその期間に生じる性決定のメカニズムに関しては謎が多いままです。私たちはこれに関して、ウナギの幼魚が群れで河川を遡上していく過程で穴居生活を始めること、この生態変化の時期に集団で飼育するとストレスホルモンの分泌が増加し、それがメスへの分化を抑制している可能性を見出しました。また、私は2017年から日本テレビの番組”所さんの目がテン”の長期実験企画「かがくの里」に出演協力しており、その企画において水田の溜め池にウナギの幼魚を放流し数年後に収穫したところ、半数がメスになっていたという驚きの結果を得ました。この現象には、ウナギの性決定環境因子を解明する上で有用なヒントが隠されていると思われます。それを特定することにより、近い将来、ウナギを通して魚類の新たな繁殖戦略を発見できると確信しています。また、2023年には産卵回遊の準備ができた個体も出現し、河川に放流しました。養殖環境下ではオス化してしまうウナギのメスを育成できたことで、天然資源の保護増殖に繋がる道筋を示すこともできました。

環境に負荷のない、持続可能な食糧生産への応用も

また、この稲田養殖は太陽エネルギーおよび土中の栄養分を源として、餌料となる微小生物群を自然発生させるため、様々な生き物が共存する豊かな生態系をもたらすことも示してくれました。これは、自然エネルギーの効率的な利用による持続可能な食糧生産への応用とともに、生物多様性に配慮した環境保全の有用なモデルになると思われます。自然界で遭遇する新鮮で意外性に満ちた発見を紹介し科学的に紐解いていく本企画は、今日の環境問題に対する視聴者の意識向上に大きな役割を果たせたのではと自負しています。今後の展開も自然相手なので全く想像できませんが、忘れかけていた自然の持つ懐の深さと柔軟な復元力を見るにつけ、失われつつある未来への希望を今ならまだ取り戻せると信じることができました。
生命現象は複雑な反応系が絶妙なバランスでハーモニーを奏で成り立っています。自然とは人知を超えた奇跡です。そのからくりを一つひとつほぐして矛盾なく説明していく作業はまさにパズルの断片を一つずつ埋めていく作業に他なりません。一つでもパズルがはまり、謎が解けたときの喜びは格別ですし、自然との対話を通して自分の世界が広がっていく快感も何事にも代えられません。また、実験というのは、ほとんどが計算通りにはいきませんが、一方で、全く想像してない思いがけない発見に行きつくこともあります。これが科学、とくに生物学の実験の醍醐味だと思います。とにかくやってみないとわからないことばかり、求めずして発見する能力も必要となってきます。研究にはこれで完成という着地点がありませんが、その探求プロセスを楽しむこと、仲間と問題を共有することが研究を続けていく最大の原動力になっていると感じます。

千葉先生からのメッセージ

私がこれまで感銘を受けた言葉に「環境ホルモン」の提言者で革新的な海洋生物学者かつ環境保護論者であるレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」という表現があります。自然などから、ある種の不思議さを感じ取る感性を説明する言葉です。地球上には我々も含め、生命誕生から45億年もの進化を経た生き物たちが存在しています。自然が創造した生き物たちは、人の叡智を超えた多くの生存戦略の知恵を秘めています。自然は我々が無知ではかない存在であることを教えてくれる偉大な先生なのです。すると自然に対する畏敬の念が湧き、謙虚な姿勢になります。21世紀は環境の世紀と呼ばれます。これから多くの緊急の地球環境問題に立ち向かわなければならない受験生の皆さんには、ぜひとも純粋な心の奥底から湧き出てくる、身近な自然の不思議さを感じ取る感性を呼び起こし、豊かな人生を切り開いていただきたいと思います。

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