Interview
誰も見たことのない世界を自身の手で作った装置で見えるようにする
金沢大学 ナノ生命科学研究所 教授
福間 剛士 先生
世界トップレベルの顕微鏡技術を開発
私たちは、「原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscopy)」と呼ばれる顕微鏡技術を開発し、それでしか見ることのできない微小な構造や現象を直接見えるようにすることで、様々な物性や現象の仕組みを根本的に理解しようとしています。特に、液中で原子・分子スケールの構造を観察するためのAFM技術に関しては、これまでに世界トップレベルの業績を数多く残しています。例えば、液中で原子の動きを観察できる顕微鏡を開発し、結晶が水中で溶ける仕組みを原子レベルで明らかにしました。また、固体と液体の境界である固液界面で揺動する水分子や分子鎖の3次元分布を分子スケールで観察できる顕微鏡(3D-AFM)を開発し、水和、潤滑、吸着、結晶化などの仕組みを分子レベルで明らかにしました。その他にも、液中でナノスケールの電位分布を観察できる顕微鏡を開発し、金属が腐食する仕組みをナノレベルで明らかにしました。最近では、生きた細胞の中にある構造をナノスケールで観察できる顕微鏡を開発し、細胞機能や病気に関わる細胞内現象の仕組みを理解するための研究にも取り組んでいます。
真空中の実験では、実環境での理解ができない
現在の研究テーマに興味を持ったのは、私が博士論文を執筆している最中でした。当時、AFMによる原子・分子スケールの計測は、真空中でしか実現していなかったため、すべての実験を真空中で行っていました。しかし、有機分子を主な研究対象とする化学・生物分野では、主に液中で生じる現象に興味が持たれており、真空中での計測結果は基礎的な理解には役立つけれども、実環境である液中での理解には直接つながらないという問題点を強く認識するようになりました。博士論文を執筆するために、従来の手法や装置の原理を整理している最中に、その問題点や改善案がいくつも浮かんできました。それらのアイデアを実現すべく、博士号取得後の2年間研究に取り組み、世界で初めてAFMによる、液中での原子スケールの観察・計測に成功しました。それ以降は、自身の開発した技術の改良や、それが有効に活用できる研究テーマに今日まで従事してきました。
自然科学の入口と出口である「観測」を支える
私の研究の醍醐味は、自分自身の手で作った装置で、世界中で誰も見たことのない世界を見えるようにするというところにあります。自然科学は、まず自然現象を観測するところが出発点です。その観察結果から洞察を得て、それを説明できる物理モデルを考案します。そして、そのモデルによって様々な現象が説明できるかという普遍性を観測によって検証します。つまり、自然科学にとって、観測はその入口と出口において決定的な役割を果たします。この2つの役割はともに非常に意義深く、研究者としてやりがいのある部分ですが、個人的には特に入口の部分に大きなやりがいを感じています。それにはいくつか理由がありますが、第一に、自分自身が工学部電気電子工学科の出身で、計測システムを作ることに大きな興味を持っているという点があります。顕微鏡を自ら設計して、組み立てて、動作させた人だけが持っている特権が、誰も見たことのない世界を見ることだと思います。例えば、固液界面に分子数層程度の厚みを持つ水和層というものが存在すると信じられてきましたが、我々の研究室で3D-AFMを開発した学生だけが、それを世界で初めて目にすることができたのです。こういった喜びは、世界初の開発に挑戦し続けることでのみ得られる非常に貴重な体験だと思っています。
私は受験生だったとき、大学受験が人生の中で最も困難で重要なものであると考え必死に勉強していました。それはある意味正しく、ある意味間違っていたように思います。実際、大学受験の時が人生で一番一生懸命に勉強していましたが、大学受験の成否で人生の成否が決まるわけでは全くないと実感しているからです。それを踏まえ、2つのことを伝えたいです。
一つは、必死に勉強したことは無駄にはならないということです。受験勉強で身につけた知識は、その後の人生に役立たないと思っている人もいるかもしれませんが、私自身の経験では極めて役に立っています。当時身につけた数学、物理、英語の知識は、私の血肉となって研究人生を支えています。また、国語は理系科目を上回るほど重要だと実感することも多々あります。私たちは日本語で思考しますから、国語力がないと思考が制限されてきます。また、重要な成果をまとめるとき、論文は文章で残す必要がありますが、一定の国語力なくして行うことは極めて困難です。
もう一つは、今しかできないことを犠牲にしてまで受験勉強に全力投球し過ぎないということです。人間万事塞翁が馬と言いますが、何が人生の幸せにつながるかは本当にわかりません。例えば、東大や京大は偏差値が高いかもしれませんが、全ての研究分野で、日本一というわけではありません。また、日本で一番の業績を収めている研究室が、あなたの人生にとって最も素晴らしい研究室かどうかもわかりません。一方で、今しかできない、今やってこそ意味があることは沢山あります。決してそれらを犠牲にするのではなく、それらをやった上で受験勉強に全力で取り組むことをお勧めします。
金沢大学 ナノ生命科学研究所
https://nanolsi.kanazawa-u.ac.jp/
福間 剛士先生の研究室
https://fukuma.w3.kanazawa-u.ac.jp/NewHP/index/index.html