日本女子大学 理学部 化学生命科学科 宮崎 あかね先生 | 大学受験予備校・四谷学院の学部学科がわかる本        

Interview

「科学」を環境破壊の悪者で終わらせないために
環境化学を通して資源や地球の成り立ちを考える

日本女子大学 理学部 化学生命科学科 教授
宮崎 あかね 先生


雨水の中で土にくっつく成分と流れていく成分の違いは?

私の専門は化学の中でも環境化学と呼ばれる分野です。文字通り、環境中での物質の移動を明らかにする分野で、環境問題はもちろん、資源や地球の成り立ちとも深く関係しています。
私が特に力を入れて研究しているのは、吸着という現象です。例えば、雨が降って土に染み込み、地下水となって流れていく。その際に雨水の中のどんな成分が土にくっつくのか、もしくはくっつかずに流れていくのかを研究しています。この現象は土壌汚染と直結します。有害物質が土壌に入り込んでしまった場合、もしも土壌に強く吸着すれば有害物質は土壌中にとどまり、直接触れたり、摂食したりしなければ害を及ぼすことはありません。しかし、有害物質が土壌に吸着しなかったり、もしくは吸着してもそのあとで取れてしまう脱着が起こったりすると、その物質は土壌の中の水分である土壌溶液と一緒に流れてしまい、植物に吸収されたり、地下水や河川、海洋に移動したりして汚染が広がってしまいます。
例えば、4大公害病の一つイタイイタイ病は、カドミウムという金属元素が溶け出した水を農業用水や飲料水として使用したことで起こりました。体の中に入ったカドミウムが骨を侵し、激しい痛みを引き起こしたのです。カドミウムは亜鉛という別の重金属を精錬するための工場の廃水に含まれており、水に溶けて田畑まで移動しました。水と一緒に田畑に入ったカドミウムは土壌に吸着し土壌を汚染し、さらに吸着したカドミウムの一部は脱着して水に溶け出し、成長する稲に吸収され、コメに濃縮されたのです。このように、重金属元素による土壌の汚染には、土、中でも粘土鉱物に対する吸着や脱着が深く関わっています。 実際の土は非常に複雑で、成分やそこにいる微生物の種類は採取場所によっても大きく異なります。そのため実際の土を用いた実験をすると、どの成分がどのように影響したのかを見極めるのが大変になってしまいます。そこで私の研究では、実際に自然にある土ではなく、成分をなるべくシンプルにした「理想的な土」として粘土鉱物や酸化物を用意し、実験しています。 また、最近では同じ吸着現象でも、微細なプラスチックごみであるマイクロプラスチックが森の木の葉の表面に吸着するという現象にも注目して、そちらの研究も進めています。

室内実験を踏まえてキャンパス所有の森を調査

先程、研究で使う土は「理想的な土」と書きましたが、私の研究では主に室内実験を行っています。しかし、現場を見たり知ったりすることももちろん大切です。室内の実験で明らかになったことが、実際の環境とどのようにつながっているのか、学生と一緒に神奈川県川崎市にある西生田キャンパスに出かけて行ってキャンパス内の森を調べることもあります。西生田キャンパスの森は、人の暮らしに近い里山です。人間活動の影響を強く受けた森を対象とした研究はあまりないので、研究者にとって希少価値が高い場所であるとも言えます。
マイクロプラスチックに関する研究を始めたのも、やはり西生田の森に関する共同研究がきっかけでした。大気を対象とした環境化学の専門家から、マイクロプラスチックが海洋だけではなく大気中にもあることを知らされ、西生田の森を使って研究してみようという話になったのが始まりでした。

私たちのより良い未来に貢献する研究

私は、研究の面白さは、自分が感じる「何故?」という疑問に対して答えを見つけていく過程にあると思っています。研究をしていると次々と疑問が湧いてきます。学生と一緒に話し合いながらさまざまな仮定を立て、それを実証するための実験を設計する。予想した通りの結果が出た時は本当に嬉しいものです。
また、思わぬところでものごとがつながり合っているということを発見するのも研究の面白いところです。マイクロプラスチックの研究を始めた当時、森の木の葉の表面にあるマイクロプラスチックを分析するためには、水で洗い流せば良いと考えていました。しかし、どうしてもうまくいかず、学生と一緒に悩みました。植物の葉の表面にはワックス・クチクラ層という脂のような層があること、そして石油製品であるプラスチックはそうした脂の層に強く吸着しているだろうという仮説を立てて実験を行ったところ、とてもうまく行き、木の葉の表面にたくさんのマイクロプラスチックがついていることがわかりました。結局、森の土の中でも、木の葉の上でも吸着がキーワードだったわけです。
化学に限らず、科学は地球環境を破壊してきた悪者と捉えられがちです。しかし、何故こんなことが起こってしまったのか、これからどうすれば良いのか、原因と解決策を考える上で科学は必要です。環境化学は、私たちが今生きている環境を対象とし、より良い未来のために貢献することができるとてもやりがいのある分野だと信じています。

宮崎先生からのメッセージ

温暖化が進み、世界各地でその影響が出てきています。食料の生産や水の循環が変化し、至る所で生じている紛争がさらに事態を深刻なものにしています。日本の国内に目を向けてみると、高齢化がいよいよ進む一方で、少子化には歯止めがかからないですし、女性の地位も相変わらず低いままです。これから私たちが生きていく日本や世界を考えた時、私はとても楽観的になれません。
このような難しい時代を生きていく私たちにとってキーワードになるのが、「環境」と「女性」だと私は考えています。温暖化に代表される地球規模での環境問題はこれからますます深刻になり、理系、文系問わず誰もが対応しなければならないものです。また、その時に大切な役割を果たすのが「女性」だと思います。これまで男性の視点で作られてきた社会のシステムに率直な疑問を持ち、男性とはもちろん、女性同士が協力しながら対応することになるでしょう。
これから何十年も皆さんが生きていく世界をよりよくするために、視点を高くもち、これまでにない新しい価値を作り出す人になって欲しいと思います。

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