広島大学大学院 医系科学研究科 細胞分子生物学研究室 田原 栄俊 先生 | 大学受験予備校・四谷学院の学部学科がわかる本        

Interview

「がん」を何も怖くない病気にするために

広島大学大学院 医系科学研究科 細胞分子生物学研究室 教授
田原 栄俊 先生


もし、がん細胞に「寿命」があれば……?

私は「がんと老化」の研究を行っています。研究のきっかけは、世の中でたくさんのがん患者さんが苦しんでいる現状を受けて、どうしてがん細胞がカラダの中で無限に増えるのかという疑問が浮かんだからです。がん細胞は我々のカラダの中で無限に増殖する能力があるからこそ、増え続けてゴルフボールのような大きな腫瘍ができます。そのため、がん細胞にも「寿命」があれば、何も怖くない病気になるのではと考えたわけです。がん細胞がどうして無限増殖できる能力を得られているのかという不思議にとりつかれたのかも知れません。
老化もがんも我々のカラダにある遺伝子の変化や異常によって起こることが知られており、老化とがんは背中合わせの関係にあります。そして、老化しない細胞は、がん細胞になる可能性が高まります。私の研究室では、遺伝子を格納する染色体の末端にあるDNAの構造体「テロメア」について研究しています。テロメアが短くなり、その限界に近づくと細胞の老化が起こります。しかし、がん細胞はテロメアを伸ばせる「テロメラーゼ」のスイッチをオンにして、テロメアが短縮できないように維持し、老化しないように制御しています。
私の研究室では、テロメアDNAの最末端部分にある「テロメアGテール」とよばれる非常に短いテロメアDNAを測定する技術を開発しました。そして動脈硬化、乳がん、慢性腎不全などの疾患の患者さんのテロメアDNAを測定したところ、テロメアGテールが通常よりも半分程度短縮していることがわかってきました。これは、身体中に酸化ストレスが蓄積しており、その結果短縮したものと考えられます。身体中のストレスが自身のDNAを削ってしまい、病気が発症するのは驚きです。

がん細胞の「老化スイッチ」とは?
研究の成果を多くの患者さんに届けたい

新型コロナウイルスのワクチンは、メッセンジャーRNAと呼ばれるRNA(リボ核酸)であることはご存知かも知れませんが、生体内で作られるメッセンジャーRNAよりも小さなRNAである「マイクロRNA」に、私は着目しています。細胞老化やがん化でこのマイクロRNAが変動して、がんの発症や進展にも寄与しているからです。2011年に、増加すると細胞に老化を誘導するマイクロRNAである「miR-22」を発見しました。それと同時に、これ以外の老化を誘導できるマイクロRNAも複数明らかにしました。我々は、これら「老化誘導マイクロRNA」の多くが、がん細胞にはなくなっていること、老化誘導マイクロRNAが、細胞に「老化のスイッチ」を入れる役割を果たしていることを発見しました。実際に、miR-22をがん細胞に処理したところ、がん細胞に対して老化を誘導しました。これにより、「老化のスイッチ」として働く老化誘導性マイクロRNAは、がん細胞に対して抗がん剤として働く可能性がでてきました。さらに、「老化のスイッチ」として働く強力なマイクロRNAを自分たちでスクリーニングして、miR-3140-3pという超強力なマイクロRNAを発見することができました。
現在、このマイクロRNAを用いた実験は、非臨床試験という動物レベルでの安全性試験を終えて、臨床試験の段階に入っています。具体的には、悪性胸膜中皮腫というアスベストに起因するがん患者を対象にした医師主導治験を、広島大学病院、近畿大学病院、兵庫医科大学病院で進めています。試験が無事に進み、ヒトでの有効性も評価することで、研究の成果をがんで苦しむ多くの患者さんに届けられると考えています。

何にでもチャレンジできる最高の環境を楽しもう

大学は、サイエンスの疑問に対して何でもチャレンジして、答えを導こうとすることができます。大学の自由な発想と研究環境は、何にでもチャレンジできる環境としては最高です。自分の研究成果が世の中に実装されて、それが皆さんの助けになっている――そういう世界を、私は楽しんでいます。「テロメアGテール長測定技術」、「マイクロRNAを用いた早期がん発見技術」、「マイクロRNAを用いた創薬の元となる化合物の発見」などの研究成果は、私オリジナルの発見です。自分の好きな研究をやれる面白さが、大学にはあります。
最近では、研究成果をベンチャーで実用化するなど、ビジネスサイドでも面白くなってきました。臨床試験には億単位の費用がかかります。研究費も獲得して進めていますが、薬を作るには数億の費用がかかるため、バイオベンチャーである株式会社PURMX Therapeutics(パームエックスセラピューティックス)を起業して、資金調達を行い、臨床試験を進めています。ベンチャーがうまく進めば、大学の給与とは別に報酬が出ます。成功すれば、大きな収入が得られるチャンスもあります。

田原先生からのメッセージ

世の中でイノベーションを起こすのは、製薬会社ではなくバイオベンチャーです。創薬だけでなく、世の中の課題を解決するのは他人ではなく自分であるという意識が、これからの一人ひとりに重要だと思います。大企業で歯車の一つとして世の中に貢献することも重要ですが、一生に一度の人生、「自分でなければできなかった」という証を小さくてもいいので生み出すチャレンジをしてほしいですね。小さなイノベーションも大きな社会イノベーションにつながる可能性がありますし、人生を楽しくしていきます。未来のイノベーションは君たちが作る!

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