Interview
ブロッコリーに含まれる物質がアルツハイマーの治療につながる?
人類の健康に貢献するための「宝探し」
弘前大学大学院 医学研究科 教授
伊東 健 先生
老化や病気の原因になる環境ストレスとは
私は主に、ヒト細胞やマウス個体を用いて、環境ストレス応答の研究をしています。ここで環境ストレスとは、食べ物に含まれる毒物、大気中の汚染物質、紫外線、低容量放射線などです。これらの環境ストレスは生体に酸化ストレスなどの障害を引き起こし、毒性を発揮します。環境ストレスは、太古の昔から存在したと思われ、現存する生物はこれらに対する防御機構を獲得して生存してきました。また、ヒトも生まれた時(あるいは母親のお腹の中にいる時)から上記ストレスに曝(さら)され続けていることから、老化や病気も詰まるところこれらのストレスの蓄積によるものと考えることができます。概念は少し拡大しますが、現代に特有の栄養過多も1つの環境ストレスと捉えることができ、それに対する防御機構も研究しています。現在、糖尿病や認知症などの生活習慣病が全世界的な問題になっています。これらの病気は、健康から病気に突然移行するのではなく、長い中間期(未病期)を経て疾患を発症することが知られています。この未病期にはストレス応答機構が特に働いていて、体を健康状態に戻そうとしています。ストレス応答機構の破綻が疾患発症につながると考えられていることから、ストレス応答機構の調節機構を理解することは、糖尿病や認知症などの発症の理解に重要です。
糖尿病や認知症の治療・予防につなげるために
より具体的に研究内容を述べると、親電子性物質や酸化ストレスに対する防御機構を研究しています。親電子性物質は難しい概念ですが、生体内のチオール基に結合して酸化ストレスを引き起こす物質です。例えば、酸化防止剤として利用されているブチル化ヒドロキシアニソールは生体内で代謝されて親電子性物質として働くことが知られています。また、大気中のディーゼル粒子に含まれるキノンも酸化ストレスを誘導します。このような酸化ストレスに反応して、生体内ではNrf2という転写因子が活性化されます。転写因子とは遺伝子発現の司令塔です。活性化されたNrf2は、体内に存在する抗酸化酵素やグルタチオンなどの抗酸化物質合成を誘導して、酸化ストレスから防御する働きをします。
一方で酸化ストレスを引き起こす親電子性物質は植物に多く含まれていて、これは捕食者に対する防御機構として役立ってきたものと考えられています。アブラナ科の植物、特にブロッコリーの新芽に多く含まれています。ブロッコリーに含まれる親電子性物質はスルフォラファンですが、これは毒性が弱くNrf2を活性化する力が強い特徴を持ちます。つまり、生体に与える酸化ストレスは少ないにもかかわらず、酸化ストレスに対する強い防御応答を誘導できるのです。現在、スルフォラファンが糖尿病や認知症などの慢性疾患に対してどのような効果を持つか世界中で研究が行われています。
ブロッコリーのスルフォラファンなどのNrf2活性化物質を使えば、これらの疾患を全部治療または予防できるかもしれないという夢があります。また、老化を少しでも遅らせることができるかもしれないという夢があります。それにより、人類の健康に貢献できる可能性がある、というのが最大のやりがいかと思います。
たまたま見つけた転写因子が今の研究のきっかけ
私は医師の免許を取得してから、すぐに基礎研究に進みました。研究という分野で世界を驚かせるような発見をしたいという野心がありましたし、それで人類の健康に貢献できれば幸せだと思ってこの仕事につきました。大学を卒業して研究分野を選ぶ時は、あまりよく考えたわけではありませんが、ヘムの合成調節機構というものに興味を持ち大学院への進学を決めました。その後、転写因子というものに興味を持ち、研究を始めました。赤血球の分化機構を研究しているうちにたまたま見つけた転写因子が、たまたま生体の酸化ストレス応答の中心選手であったのです。そのことをきっかけにストレス応答に興味を持ち、現在もその分子機構解明を中心に仕事をしています。
医学分野での基礎研究は、地道できついと思っている方が多いかもしれません。でも、研究の成果が人類の健康につながるかもしれないという大きな夢を持って研究できますし、自分の研究が人類の健康につながる可能性があるので、やりがいがあります。それに何よりも、真実を解明し、新しい治療法や予防法を見つけるという発見の醍醐味があります。いわゆる、宝探しです。そのような知的興奮に満ちた世界に勇気を持って挑戦してくれる方が今後増加することを期待しています。最近、日本の研究レベルは下り坂を転げ落ちるように転落しています。サッカー選手のように華々しい世界ではありませんが、研究の楽しさややりがいを理解してくれる学生が増加することを願っています。
弘前大学大学院 医学研究科/医学部医学科
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弘前大学大学院 医学研究科 高度先進医学研究センター
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伊東 健先生の研究室
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