Interview
「自分の人生にあの時間があってよかった……」
と思える瞬間があるとしたら
学習院大学 文学部 哲学科 教授
小島 和男 先生
『哲学をする』とはどういうことか?
私のもともとの専門はプラトンです。彼の作品はずっと好きで読み続けているのですが、大学教員になってからは関心及び研究分野はかなり広がりました。
まずは、南アフリカ出身の哲学者デイヴィッド・ベネターの「アンチナタリズム(反出生主義)」という思想です。ご縁があって、彼の主著『生まれてこないほうが良かった』を翻訳し、研究させてもらっています。私自身は「アンチナタリスト(反出生主義者)」ではなく「アンチプロナタリスト(反-出生奨励主義者)」といったところだとベネター先生に直に指摘されてしまったのですが、彼の主張には共感するところが非常に多いのです。
また、ギリシア哲学の分野では、古代ローマのプラトニストの一人であるアプレイウスを研究しています。ローマ時代にプラトンを研究していた人を研究するということをしているわけです。先のアンチナタリズムの研究同様に、実はこの研究も私自身の実存に密接に関係した研究です。「プラトンを研究する」ということがどういうことなのかを、彼を鏡像として考えているつもりなのです。なので、「○○という哲学者を研究する」とはどういうことかという疑問を端緒に、「哲学をする」とはどういうことかという問題を考えています。これは昨今では「メタ哲学」と言われたりします。
「文学部不要論」に対して思うこと
以上二つの研究分野は「大学教育とは何か」という問題意識から始まっているような気がします。というのは、私が大学の教員になった頃もそうですが、ずっと以前から、いわゆる「文学部不要論」が声高に言われており、居心地の悪さを感じているところがあるからです。もっと年をとって偉そうになったら「研究に貴賎なし」と言いたいところです。
そもそも「研究をする」ということそのものが、非常にやりがいのあることで、価値のあることだと思っています。もし私に「自分の人生にあの時間があってよかった……」と思える瞬間があるとしたら、それは学問に真摯に向き合った時間だと思うのです。
この世界で生きていると、「本当に楽しく充実して生きている瞬間」なんて、勘違いや洗脳や妄想以外にはほとんどあり得ないかもしれません。でも、学問に打ち込んだ人は、それに近い経験を味わうことができると私は思っています。例えば哲学では正義・善・美など、真理と呼ばれるようなものについて考えるわけですが、それは「なんのためでもなく、ただそれ自体としてよい」と言えるものです。この現代社会においては、そうした純粋な価値が「あるかもしれない」と思えることさえ、稀有なことではないでしょうか。それも妄想かもしれませんが、健全な妄想です。ともあれ、哲学に限らず、人文学系の学問の魅力は特にそうした稀有な体験をできる点にあると思います。
行きがかりでもいい
好きなことを続けた結果、今とても楽しい
研究のきっかけはひとことで言ってしまえば、行きがかりです。哲学に興味をもって哲学科に進学しましたが、最初からプラトン研究をやろうと思っていたわけではありませんでした。最初のきっかけは、なんとなく始めた古典ギリシア語の勉強が楽しかったことでしょうか。古典ギリシア語はとても難解だとも言われるのですが、一種のパズル的な面白さがあり、それにハマりました。そこからプラトン関連の授業に出席するようになって、そこで先生や一部の先輩によくしてもらったものだから、たまたまプラトンを読むようになり、楽しく読めたのでそれでプラトンが好きになりました。
他の分野についても、研究するようになった理由は同じく「行きがかり」としか言えません。でもこの「行きがかりで好きなことを続ける」というのはとても大事なことだと思っています。何かをやり始めた理由、何かを好きな理由なんて大抵が後付けでしょう。たいして勉強もせずに何かを好きだ嫌いだと言っても、対象についてよく分かってないのだからそれはただの妄想です。大事なのは与えられた機会を逃さず何事にも興味を持って勉強することなのかなと思います。おかげで今私は、好きなものがたくさんあってどれもすごく楽しく研究できています。
大学には行きがかりで好きになれる楽しいことがたくさんあります。ぜひ、与えられた機会を逃さず勉強してください。大学受験の勉強も、そうした行きがかりの一つです。決して無駄にはなりませんので、安心して勉強しましょう。 また、もう既に好きなことや楽しくて夢中になれることが見つかっている人には、それに打ち込める場所に行くことを強くお勧めします。自分のお店を持ったり、海外へ行ったり、方法はいろいろあるでしょう。そのために入念な準備と下調べは絶対必要ですが、大学進学は必須とは限りません。大学進学は必要ないかもしれないのです。よく調べて、よく考えて、それでもし大学進学が自分の役に立つと分かったなら、ぜひ大学に勉強しに来てください。応援します。