Interview
音楽、スマホ、地震速報、飛行機の運行……
世の中の安心・便利を支える「信号処理」技術
東京電機大学 工学部 電気電子工学科 教授
陶山 健仁 先生
センサで「波」を捉え、必要な情報だけに変換
電車の中や街中でイヤホンをつけて音楽を聴いている人を多くみかけますね。最近では、ほとんどのイヤホンに「ノイズキャンセリング」機能が搭載されており、周囲の音から騒音だけを取り除いてくれます。次に、今や1人1台が当たり前の時代となったスマホについて考えてみましょう。スマホからは通話やデータ通信に関係なく常に電波が発せられています。その電波は互いに交じり合い、街中の建物で反射を繰り返して複雑な形になりながらも、会話やメッセージは宛先を間違うことなく届けられます。この機能にも、不要な情報を取り除く処理が利用されています。毎日、多数の飛行機が安全に運行できているのも、電波の処理がうまく行われているためです。また、自然災害、特に地震の多い日本において、発生状況がいち早く調べられるのは、振動の発生源や大きさを周囲の地形や距離の影響を除外して処理できているためです。さらには、病院で入院患者さんの体調管理がうまくいっているのも、生体内部で発生している振動を、皮膚表面で発生する摩耗や衣服の影響を除外して処理できているためです。
音、電波、地震、生体振動、これらは全てセンサと呼ばれる検出器を通じて波の形で検出されます。この波は「信号」と総称され、信号を処理する技術を「信号処理」と呼び、これが私の研究分野です。現代の信号処理は、コンピュータによるソフトウェア処理、もしくは半導体によるハードウェア処理で実現しており、私はその両面から研究を進めています。ソフトウェア処理では、信号処理性能を限界まで向上させるための処理系設計法を、ハードウェア処理では半導体不足を補うための回路規模削減を考慮した設計法について研究を行っています。また、主に音響信号を対象とした信号処理システムの構築を行っており、複数人が同時に会話している状況で個々の話者の方向を推定する方向推定技術や、各話者の音声を分離する音源分離技術について研究を行っています。
秘密の玉手箱「シンセサイザー」に魅せられて
私は小学生高学年の頃、テレビから流れてくる音楽の「音」を聞いてとても興味をもちました。また、当時はテレビゲームの走りであるインベーダーゲームが流行していましたが、私はゲーム自体には興味がなく、その効果音に強く惹かれていました。テレビの音楽もゲームの効果音もシンセサイザーという鍵盤楽器から発せられており、私にとっては秘密の玉手箱のようなものに感じられました。譜面も読めず鍵盤楽器を弾くこともできない私ですが、とにかく色々な音色がどうやって作られているのか、とても興味をもったのです。そして、毎月500円ほどで発売されていたシンセサイザーの月刊誌を端から端まで読みあさった結果、中学生のうちにシンセサイザーが発する音の仕組みについて大まかなメカニズムを理解できるようになりました。ちょっとませた子どもだったかもしれません。高校生の頃、たまたま本屋で手に取った本を眺め、この技術が「信号処理」であることを知り、大学ではそれを専門にしている研究室を選びました。そこで始めた研究が方向推定技術、音源分離技術、回路規模削減設計法であり、以降30年ほど同じテーマの研究を続けています。元々は自分の興味・趣味から始まったことですが、それを自分の仕事として継続しています。もちろん、仕事とする以上は楽しいだけでなく結果が出ないときは苦しさも背負うことになりましたが、それも含めて恵まれた人生なのかもしれませんね。
数値だけでなく直感で効果がわかる面白さ
音響信号処理は、自分が考えた処理を行うと信号にどのような効果が起こるのかを耳で聴いて確かめられるという点で、わかりやすいです。処理内容を少しずつ変更しながら結果を聴いて確認しつつ研究を進められることが、非常に面白いと感じます。世の中の研究には数値でしか効果が測れないことが多いなか、信号処理は直感的にも効果を感じられるという点は、研究を人に説明する際にも非常に効果的に使うことができます。信号処理の原理には数学的な説明も入るのでやや難解な場合もありますが、結果を聴いてもらえばすぐに納得してもらいやすい点に大変メリットを感じています。また、電気で動くものには必ず信号処理技術が必要とされていると言っても過言ではありません。そのため、自分の行っている研究の成果が社会に役立っているということにやりがいを感じていますし、研究指導をしてきた学生たちが多種多様な企業で活躍していることも大きな喜びです。
受験を控えた皆さんにとって大切なことは、やはり受験勉強だと思いますが、同時に、進路を選ぶにあたり、いずれ社会に出て何をやってみたいのかも考えてほしいと思います。世の中には、いろいろな職業があり、幸い私たちは職業を選ぶ権利をもっています。夢見ることも自由です。ご自身の将来ですので、無限の選択肢をもっている今の時間を十分に活用してください。そうすると、ご自身の進路も自然に見えてくるかもしれませんし、進学後の生活も充実したものになるかもしれません。若い皆さんの貴重な時間と受験勉強という経験が、将来にとって良い糧となることを期待しております。
東京電機大学 工学部 電気電子工学科
http://www.eee.dendai.ac.jp/eee/index.html
陶山 健仁先生の研究室
http://www.eee.dendai.ac.jp/eee/labo/suyama/suyama.html