理学物理学
どんな学問?
究極理論の探求が未来技術に光を与える
物質の構造や空間の性質を研究して、自然界の法則を数式を用いて表現する学問が「物理学」です。物理学の研究対象は、宇宙を支配する物理法則といった壮大なものから実生活と直接の関わりをもつ身近なものまで様々です。
ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊教授が、「ニュートリノを観測したことは何の役に立つのか?」と聞かれて「役に立たない」と即答した、という話があります。また、ミクロの世界を記述する量子力学という分野は「電子は粒子でありまた波でもある」など、私たちの直感が通用しない世界です。しかし、現代社会を支えている半導体の技術は、この量子力学の上に成り立っているのです。現在の科学技術ではまだSF的な空想ですが、何百年後か遠い未来に、ニュートリノが通信技術などで活躍する時代が来るかもしれません。物理学の研究分野は以下の3つに大別されます。
1.物性物理学
物質の構造や性質を研究する学問で、物性論とも呼ばれます。固体や液体など、「多数の原子の集合体としての物質のふるまい」が研究の対象です。物性物理学の大きな特徴は「実験が可能なこと」でしょう。例えば宇宙物理学の場合「実験室でブラックホールを作る」わけにはいきませんが、物性物理学では実際に理論の検証が可能です。物性物理学の成果は幅広く、PCやTVのディスプレイなどの液晶、テニスラケットなどを作る高強度繊維や燃料電池、太陽光発電など様々な現代文明に貢献しています。
2.素粒子物理学
物質を構成する究極の単位としての素粒子について研究する分野です。原子の大きさはおよそ10-10mですが、その中心にある原子核に含まれる陽子や中性子の大きさは10-15m程度、さらに陽子や中性子をつくるクォークの大きさは「大きくても陽子の1/2000以下」という、超ミクロの世界です。このような極微の世界における素粒子の性質や物理法則について研究します。
3.宇宙物理学
宇宙の成り立ちや構造を探る学問で、別名天体物理学とも言います。研究対象は宇宙を構成する天体およびその集団全般で、身近なところでは太陽や太陽系の惑星から、大きなほうでは銀河や銀河団、さらには宇宙そのものまでと、そのスケールは様々です。天体の動きについて研究する天文学には古代エジプト以来の長い歴史があります。これに対し、現代の宇宙物理学のスタートを仮にアインシュタインの一般相対性理論だとすると、その歴史はまだ百年ちょっとという、新しい学問であると言えるでしょう。「宇宙の大きさはどれくらい?」「宇宙の始まりは?」といった素朴な疑問に答えられるようになったのは、実は最近のことなのです。しかし、宇宙を構成する全質量およびエネルギーのうち通常の物質はわずか4%にすぎず、残りの96%は未知の存在であるダークマター・ダークエネルギーによって占められていると言われています。
これら物理学の研究の手段は、実験や観測、コンピュータによるシミュレーションなどです。これらの研究によって得られたデータを蓄積・解析し、データの中にどのような法則が隠されているのかを探求していきます。
こういった理論的な研究を中心とした「理論物理」に対して、より工学に近く、実社会への活用を目的とするものを「応用物理」と言います。しかしながら、理論物理学と応用物理学の間に明確な線引きがあるわけではなく、例えば物性物理学の重要な研究対象の1つである半導体は、言うまでもなく工学面での活用において最重要の素材です。
物理学と化学・生物学など他の自然科学との一番大きな違いは、数学との結びつきが極めて強い点です。古典力学の創始者であるニュートンは、微積分学の創始者でもありました。以来、数学の発展が物理学を進歩させ、また物理学の影響で数学の研究が進むなど、数学と物理学は互いに深く影響を与え合っています。もちろん数学科と物理学科では研究対象も手段も異なりますが、物理を深く学んでいくためには時として数学を深く学ぶことも必要になってきます。
Q&Aこんな疑問に答えます
Q.
物理学に向いているのはどんな人?
A.
物理学といっても物性物理学・素粒子物理学・宇宙物理学で研究対象が異なり、紙とえんぴつで行う理論物理と実験室で行う実験物理では研究の方法が大きく違います。ただ、いずれの道を選ぶにせよ、真理の追究に対する強い思いをもっていることが、研究をしていくうえでの必須条件となります。「なぜ?」「どうして?」という疑問を大事にする人が向いています。また本文中に述べたように数学を駆使しますので、数式に対して抵抗感をもたないことも必要です。
Q.
物理学科のカリキュラムってどんな感じ?
A.
1・2年生で、物理学および物理数学の基礎を中心に学び、学年が進むにつれて徐々に専門の比率が増えていきます。講義・演習・実験が授業の3本柱で、実験も1・2年生からスタートする大学が多いようです。実験では長時間格闘してもなかなか予想していたような結果が得られずに、苦労することもしばしば。しかし、この悪戦苦闘が実を結んだときの喜びは、何物にも代えられません。
こんな研究もあるよ
宇宙は無数に誕生した!?——「マルチバース理論」
この宇宙に生命が誕生したのはなぜか?……という疑問は生物学だけの守備範囲ではありません。素粒子が安定して存在し、原子が形成され、化学結合が作られ……と多数の関門をくぐりぬけて生命が自然発生する確率は、ほとんど無限に小さいと言っていいでしょう。にも関わらず、なぜ生命が発生したのか?という疑問への解答となる、最近提唱された理論が「マルチバース(Multiverse)理論」です。「宇宙が誕生したとき、私たちがいるこの宇宙(Universe)たった1つだけができたのではなく、無数の宇宙が一緒に誕生しており、それぞれの宇宙はそれぞれ独立して存在している」というもので、「無数に宇宙ができたからこそ、(生命が誕生するという奇跡的な確率の現象が起こった)この宇宙も成立することができたのだ」と説明づけられます。
卒業後の主な進路
大学院進学率の高さが特徴的!
電気関連・精密機器などのハイテク分野で活躍
大きく研究者を目指すケースと、企業での技術者を目指すケースがあります。前者はもちろん、後者においても大学院への進学率が非常に高いことが特徴です。実社会で求められている研究がどんどん専門的になっており、一般企業でもより高い専門性をもった人材が必要とされていることの表れと言えます。就職先の業種としては電気関連や精密機器などのハイテク分野が目立ちます。
ひとことコラム
科学と疑似科学
「代替医療」という言葉を聞いたことはありますか?通常病院で受ける医療の代わりになる医療という意味ですが、代替医療の多くは科学的根拠に乏しいものです。その代表例に「ホメオパシー」があります。ホメオパシーとは200年ほど前に始められた民間療法で、ごくごく大雑把に言うと「毒をものすごく薄めると薬になる」という考え方です。どのくらい薄めるのかというと、「100倍に薄める」という操作を30回繰り返すのです。さて、100倍希釈を30回繰り返すと濃度はどうなる
かというと……100の30乗分の1、すなわち1060分の1です。アボガドロ定数が約6.0×1023/molであることを知っている人であれば、「この薬を1g飲んでも、そこにはもとの成分がほぼ確実に、1分子も残っていない」ということが直感的にわかるでしょう。
「一見科学のふりをしているが、実は非科学的なもの」を疑似科学と言います。疑似科学によって人々が誤った判断をしないよう科学的思考を啓蒙していくことも、自然科学に携わる人間の責務と言ってよいでしょう。
重力波
静電気力がはたらく空間を電場、磁力がはたらく空間を磁場(これらをまとめて電磁場)と言うように、重力がはたらく空間を重力場と言います。電磁場の変化が波として伝わるのが電磁波すなわち光ですが、これと同様に重力場の変化が波として伝わるのが重力波です。重力波の存在はアインシュタインによって予言されていましたが、重力波が微弱であるためその観測は極めて困難でした。直接重力波の観測に成功したのはアインシュタインの予言から100年後の2016年で、翌2017年検出に成功した3名の科学者にノーベル賞が与えられました。受賞した3名のうちの1人は、下の「タイムマシン」の項にも名前のあるキップ・ソーン博士です。
クォーク
原子は原子核と電子からなり、原子核は陽子と中性子からなりますが、陽子や中性子は粒子の最小単位ではなく、さらに小さなクォーク(quark)と呼ばれる粒子が3つ集まってできています。クォークの種類が6種類であることを予言したのが「小林−益川理論」で、これにより小林誠・益川敏英の両氏にノーベル物理学賞が授与されました。なお、このクォークという名前は、ジェイムズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』に出てくる鳥の鳴き声を表す単語からとられたものです。
タイムマシン
時間を過去にさかのぼることのできるタイムマシンなんて、SFや映画の中だけの話……かというとそんなことはなく、理論物理学の世界では大真面目に(?)タイムマシンの可能性が検討されています。有名なのはカリフォルニア工科大のキップ・ソーン博士によって提案された、ワームホールを利用したタイムマシン仮説。なんと日本ではこの原理を利用したタイムマシンが5つも特許登録されているとか。『タイムマシンを作ろう!(』ポール・デイヴィス)などという本も出ています。
ニュートリノ/ニュートラリーノ
日本語では中性微子。電気的に中性で、他の粒子とほとんど相互作用しないため地球をも貫通し、その観測は極めて困難です。ニュートリノは当初「質量0」と考えられていましたが、茨城県つくば市にある加速器から岐阜県神岡町のスーパーカミオカンデにニュートリノを打ち込む実験で、質量をもつことがほぼ確実となりました。この実験を行った東京大学の梶田隆章教授は2015年にノーベル賞を受賞しました。宇宙には、宇宙の質量の大半を占めるが光を反射しない「暗黒物質(ダークマター)」が存在するとされています。質量は小さくても膨大な数が存在するニュートリノは暗黒物質の有力候補でしたが、確認された質量が極めて小さいため、新たな暗黒物質候補として未発見粒子「ニュートラリーノ」が浮上しています。
量子コンピュータ
量子力学の原理を応用したコンピュータ。「重ね合わせ」という現象を利用して従来のコンピュータが別々に行っていた計算を同時進行で行うため、格段に速いスピードで情報処理を行えます。一方で、現在私たちが利用している暗号もすぐに解読されてしまうという危険性も指摘されています。ただ、このコンピュータが実用化されるのはもう少し先になりそうです。
Interview
数百年後も残るような研究を目指して、宇宙の謎に迫る
名古屋大学大学院
多元数理科学研究科/素粒子宇宙起源研究機構
白水 徹也先生
ブラックホールは実在する?しない?
私は数学寄りの物理の研究を行っているのですが、この道に進んだきっかけは高1の物理の試験で0点を取って、慌てて教科書を開いたことなのです。そしたら意外に面白くて。現在は簡単に言うと重力波やブラックホールに関する研究をしています。例えば皆さんも知っているブラックホールは実は、存在するのか、どんな領域なのかも不明なのです。ブラックホールはあまりに重力が強いために、光すら出られない”星”です。つまり、見えないのです。ブラックホールの外側には光の閉じた軌道があって、私たちが現在観測で分かっているのはブラックホールの表面ではなくこの外側です。私が最近注目しているのはこの外側の時空についてで、軌道がある領域の面積はどうなっているのか?を一般相対性理論を用いて調べています。こういった研究と実際の観測を比較すると、「本当に一般相対性理論が正しいのか?」などが分かっていくわけです。こんなに有名なブラックホールが、実は専門的には確認できていないというのは面白いですよね。他にも、ブラックホールは丸いと言われているのですが、それを数学的に明らかにする研究などをしています。物理学の理論は時代とともに変わりますが、数学はずっと残るので、私は数学的な面に力点を置いて数百年後も残るような研究を目指しています。
重力波が宇宙の誕生を解明する!?
「物質が激しく変動する際、さざ波のように重力の波が伝わります。これが「重力波」で、重力波が通ると空間が歪み、時間の流れが変動します。地球の周辺でも空間は曲がっていて、地球の表面の時間の進み方とずっと上空での時間の進み方は違うのですよ。日常生活では地球の重力が弱いのでほとんど変化は見られませんが、上空の方が早く進むのです。ちなみに、ノーベル賞で話題になった重力波は、二つのブラックホールがぶつかって発生したと考えられています。
重力波は100年も前にアインシュタインが存在を予言していたのに、直接には見つかっていませんでした。それがやっと観測でき、しかもブラックホールから来たという点が話題を呼んだ一因です。重力がめちゃくちゃ強いブラックホールに対しても重力波を予言する一般相対性理論が成り立っている、というのが衝撃でした。重力波は宇宙の観測手段にも使えます。重力波は何でも貫通するのが良い点です。例えば、今の観測手段である光やニュートリノは物があると散乱などされます。目の前に人が立っていたら、その人の真後ろは見えないですよね。宇宙空間は今は膨張してスカスカだけど、昔はもっと小さく、今よりずっと物質が詰まっていたのですよ。なので、光では見える過去に限界がありました。今は宇宙のサイズが約千分の一だった頃までは見えますが、その先は見えない。しかし、重力波を使った観測が可能になることで、未知だった宇宙誕生が見えるかもしれないのです。
白水先生からのメッセージ
受験はベースを作る好機なので、私はそれなりに大切だと思っています。ただ、受験自体が目標なのではなく、大切なのはその先です。大学でも目標を持って勉強してください。あとは、やはり人との直接的なつながりは大事なので、SNSもいいけど、友達を大切にしてほしいですね。皆が同じ道を進む必要はないので、自分に合った道を探して頑張ってください。