福祉学
どんな学問?
実り豊かな人生を目指して
福祉とは、「人間が健康で幸せに生きる」こと。誰しもそのように生きたいと願うのですが、健康で幸せな生き方には様々な壁があるのです。例えば、私たち人間はいずれ年をとります。年齢を重ねると身体が思うように動かなくなります。抵抗力が弱まり、様々な病気にもかかりやすくなります。そうなったとき、どうすれば安心して生きていけるか、不安になりませんか?また、何らかの原因で職を失うことや、様々な事情で働けなくなることもあるでしょう。そのようなとき、健康で不安なく暮らしていくことができるでしょうか?「福祉学」は、こういった問題点を乗り越え、みんなが健康で幸せに生きていくためにはどうすればよいかを考える学問です。
老人福祉・児童福祉・貧困の問題など、福祉を実現するためには考えなければならない問題がたくさんあります。こういった問題を考えるためには、まず福祉に関する法律や政策、制度など社会のルールを学ぶ必要があります。合わせて「経済学」「財政学」「社会学」などの知識も重要です。また、人間の幸せを考えていくためには、人間の心や身体に関する「心理学」や「医学」の知識も関連があるでしょう。つまり福祉学は、幅広い分野の知識を総動員して考察する学問なのです。
さらに、考えたアイデアを実践していくことも必要です。そのため多くの大学では、福祉施設(高齢者向け施設・児童福祉施設・障害者福祉施設など)での実習を行っています。高齢者や身体が不自由な人の目線に立つために、様々な器具を使った疑似体験を行うこともあります。
福祉の視点は「ものづくり」の中にも応用されており、障害者や高齢者に対して工学的に支援を行う「福祉工学」という学問もあります。人間に代わって身体が不自由な人の介助を行う介護ロボットやユニバーサルデザイン(参照)商品の開発などは、福祉工学の成果の1つと言えます。
Q&Aこんな疑問に答えます
Q.
どのような人が福祉学に向いていますか?
A.
困っている人の手助けをするための学問だと思う人も多いでしょう。もちろんそういった一面もありますが、本来はすべての人の幸せについて考えていくのが福祉学の目的です。特に日本では急激に少子高齢化が進み、2035年には3人に1人が65歳以上になると予測されています。また、児童虐待や育児放棄、経済格差による貧困の問題など、社会全体で考えていかなければならない問題が山積みです。福祉学は「未来をよりよいものにしたい」と考える人に、ぜひ学んでもらいたい学問です。
Q.
福祉系の仕事をするためには、何か資格が必要なのでしょうか?
A.
職種によって異なります。例えば介護職では、介護職員初任者研修や実務者研修、介護福祉士の資格などを求められることがあります。公務員の福祉職は、自治体によっては社会福祉士や精神保健福祉士などの資格保有を応募条件としているところもあります。ただし、福祉サービス、福祉機器などを扱う一般企業などでは、資格の有無を問われないことが多いでしょう。ひとくちに福祉と言っても仕事の幅がとても広いので、どのような形で携わっていきたいかという具体的な目標をもつことが重要です。
Q.
福祉施設での実習が多いって本当ですか?
A.
実習が必修か選択かは、各大学のカリキュラムによって異なります。社会福祉士や精神保健福祉士などの福祉系の資格取得を目指す場合は、介護・福祉施設での実習が必須となります。
福祉学は、人間が幸せに生きるためにはどうすればよいかを、本を読んで調べたり考えたりするだけではなく、実生活に活かしていくことを目的としています。積極的に実習に参加して、生きた福祉学を学べるとよいですね。
ひとことコラム
すべての人を包み込む社会 〜ソーシャルインクルージョン〜
近年、多くの国が経済的に豊かになるにつれ、社会福祉制度も充実するようになりました。一方で、せっかく充実した制度が、高齢者や児童、障害者など支援を必要とする人々に届いていないという問題も起きています。
そこで1980年代、ヨーロッパで生まれた理念が「ソーシャルインクルージョン」というもの。これは、生きていくうえで支援が必要な人々が孤立しないように、社会の一員として支え合おうという考え方です。今後はそういった人々を支えられる社会を確立することが福祉の課題と考えられており、日本でも社会福祉政策の重要なテーマとして捉える動きがあります。
こんな研究もあるよ
災害時の福祉サポートを考える ——「災害福祉学」
日本は自然災害の多い国と言われています。災害が起きて、政府や地方自治体などの行政機能が麻痺してしまったとき、近隣に住む人たちだけで高齢者や身体が不自由な人々を助けられるか――そのような研究を行うのが「災害福祉学」です。災害の発生を予測するのは難しいので、いつ何が起きても近隣の人々で助け合えるサポート体制を作っておかなければいけません。そのためには、政策面・制度面だけではなく、近隣の人々や地域社会への福祉教育を含めた様々な取り組みが必要となります。
いざというときに、弱い立場の人々をしっかりとサポートできる準備が整った社会、それこそがあらゆる人々にとって理想の日常社会だと言えるでしょう。
卒業後の主な進路
医療・福祉方面が多数、福祉職の公務員も
福祉学を学んだ人の進路として最も多いのは、やはり医療・福祉方面です。なかでも、老人や児童、障害者の民間施設や病院への就職が特徴的です。また、福祉サービスや老人ホームの運営、福祉機器を扱う一般企業へ就職する人もいます。公務員として福祉事務所や児童相談所などに勤務する人もいます。
公務員の場合、福祉職という採用枠もありますが、応募にあたり社会福祉士(資格一覧参照)などの資格取得が義務づけられていることもあるので注意が必要です。
また少数ではありますが、大学院へ進む人もいます。大学院では、社会福祉を学問的に取り扱い、社会福祉学の研究者や指導者的な立場の人材育成を目的としています。
ノーマライゼーション
高齢者や障害のある人々の日常生活を、より自然で不自由の少ないものに近づけていくべきという考え方です。もともと1950年代から1960年代に北欧で広まった考え方ですが、その後、日本でも広く共有されるようになりました。また、近頃は、障害があっても他の人々と同じように生活できる社会こそがノーマルな社会であり、そういった社会を目指していくべきだという意味でも解釈されるようになってきています。
ワーキングプア
一般的な労働者と同じ程度働いているにも関わらず、貧困が改善されない人のこと。マスコミで取り上げられ、話題になった言葉です。ワーキングプアが問題になった背景には、不安定な非正規雇用(派遣社員、パート・アルバイトなどの雇用)の増加や、低い賃金での労働があると考えられています。ワーキングプアは新しい言葉、概念だと思われがちですが、今から100年以上前の時代から一生懸命働いていても貧しい生活が改善されない人たちはいたと言われています。
Interview
自閉症・発達障害の支援のために
福島学院大学
福祉学部 福祉心理学科
内山 登紀夫先生
自閉症支援において大切なこと
私の専門分野は、自閉症などの発達障害のあるお子さんへの支援です。皆さんも「自閉症」という言葉は聞いたことがあると思いますし、周りにそういう方がいらっしゃることもあると思いますが、具体的にどんな障害かはご存知でしょうか?自閉症は認知機能の障害です。どんな特性を持っているかは人により様々ですが、コミュニケーションが苦手だったり、こだわりが強かったり、聴覚過敏などの感覚過敏があったりします。そのため周囲のことがよくわからなかったり、感覚過敏があるために周りが気付かないところで辛い思いをしていたりします。そうした中で常に努力をしている方なのです。そうした子ども達を支援する上でまず大切なのは、安心できる環境をつくってあげることです。彼らの症状に合わせて「どんな環境設定をして、どう接すれば安心できるのか?」という視点を持つことが一番大切だと思います。そしてもう一つが、本人の意思を尊重することです。たとえば偏食がある場合、本人が克服したいと思っているなら、それをサポートしていくのが良いですが、そうでない場合は注意が必要です。中には、学校で偏食指導を受けて不登校になってしまったという事例もあります。感覚過敏や偏食は、単純に努力で治るようなものではありません。
お互いHappyでいるために
もちろん、支援する側も完璧ではありませんし、自閉症は易しい障害ではないので、支援がうまくいかないこともあって当然です。私も30 年以上自閉症の方に関わっていますが、日々発見があるくらい奥が深いんですよね。自閉症の子達は元々環境に左右されやすいので、環境が変わればできることもできないこともある。また、今日できたことが明日もできるとは限りません。100%を目指さなくて良いんです。お互いHappyでいるためには、完璧を求めたり、「~すべき」と考えたりせず、支援者自身が無理をしすぎないということが大切です。
支援の第一歩は正しく知ること
自閉症の特性について知ることで、「不思議な行動にはこんな理由があったのか」「こう対応すればいいのか」とわかるようになってきます。自閉症や発達障害がどんな障害か知らないと、お互い上手くいかない。障害の特性を正しく理解すれば、私達は楽しく一緒に過ごすことができるのです。障害特性は、必ずしも悪いものではありません。強みとして活かしている方もたくさんいます。支援のゴールは、将来、地域の中でその子らしく自然体で生きられるようにすることだと思います。無理な目標設定をすると、本人も楽しくなくなってしまいます。その子に妥当な目標を設定してあげることが大切です。自閉症や発達障害が治るという考え方に、現時点で科学的根拠はありません。治すものと捉えるよりも、よりQOLの高い生活を送れるようにしよう、という考え方で関わっていけると良いと思います。
内山先生からのメッセージ
私は受験に何度も失敗し結局二浪して、第一志望ではない大学に入りました。当時は回り道をしたように思いちょっと落ち込んでいました。プレッシャーに弱い性格なのか、受験生の時は受験に失敗したらどうしようかといつも考えていたように思います。今になって思うことは、受験がすべてではないという当たり前のことに気づいていなかったのです。受験は長い人生の一部分です。成功しても失敗しても、人生は長いのでやりようは色々あると思います。リラックスして淡々と自分にできること、自分のやりたいことをやっていきましょう。受験生も大学生も社会人も同じです。