Interview
100万年続く、人類のみが成し得た「火」の技術を進化させる
豊田工業大学 機械システム分野 熱エネルギー工学研究室 教授
武野 計二 先生
ガスコンロや火災の裏にある、複雑な化学反応の世界
私の研究内容は、一言で表現するならば「反応性熱流体」と言えます。読んで字のごとし、熱、流体、化学反応の複合体を研究対象としています。なお、「燃焼」はこの3つの現象が複雑に絡み合った典型的な「反応性熱流体」現象です。例えば、皆さんの家庭で調理に使うガスコンロを考えてみましょう。栓を回してバーナーからガスを出しても、着火しなければ、ガスはただ周囲の空気と混合しながら拡散する、すなわち「流体」に特化した現象が起こります。しかし、着火した場合は「化学反応」が起こり「発熱」します。その熱によって気体は膨張し、浮力が生じることで流れの状態も大きく変わり、大変複雑な「反応性熱流体」の世界に入ります。この「反応性熱流体」に関する技術は、自動車やロケットのエンジン、人工衛星、火力発電所、廃棄物の燃焼処理などでも使われています。また、爆発や火災なども、典型的な「反応性熱流体」現象と言えるでしょう。燃焼(火)を安全に取り扱い制御する技術は、約100万年前に南アフリカの「フレデンズクルーフ洞窟」で初めて調理に火が使われた形跡があり、それ以来、人類のみが成し得る卓越した技術です。
物理現象の本質を探り、社会の発展に寄与
私は大学を卒業後、企業の研究所で水素を燃料とするロケットエンジンの開発や、水素ステーションの設置基準の策定などに従事していました。実際のロケットエンジンは水素が噴出するノズルが200本以上装着されていますが、大学に移籍後は、その1本を取り出して単純化し、水素が着火して安定燃焼できる条件、その物理的機構を基礎に立ち返って研究しています。下図は、100気圧水素ガスの噴出時に形成される火炎を、密度変化を捉えることができる「シュリーレン写真法」という手法で観察し、様々な計測によって火炎の構造を考察した結果を示しています。このように、基礎研究によって物理現象の本質を探り、解析し、国際的な専門誌に掲載され、自分の業績となって多くの大学や企業の研究者に読んでいただく、そして社会の発展に寄与できることが研究を続ける推進力となっています。
100気圧水素ガスの噴出時に形成される火炎(左:シュリーレン画像,右:火炎構造の考察)
受験で学ぶ知識は社会で活躍するための基礎力
大学も企業も経験がある者として受験生にアドバイスがあります。受験に必要な知識と大学や社会で必要とされる知識は違う……などと言う人もいますが、両者は深く関連していると断言できます。例えば、国語は説明資料や論文を作成する上での基本です。それに、主要な国際論文は英語で書かれており、研究者間や商談での打ち合わせにも英語力が欠かせません。そして、大学やエンジニアが扱う学問は、全て高校までの数学や物理の知識が基礎になっています。ここで重要なのは、受験勉強において、ただ公式を使って答えを出すことだけに注力するのではなく、その公式の成り立ちや問題の本質を理解すべきとういうことです。その理解こそが、高校で学んだ知識を大学での学問へと発展させる能力につながります。それには、問題集を解くばかりでなく、教科書や基礎的な参考書を読み込んで理解することが大切だと思います。大学も、現象の本質を深く考えられる人物をいかに発掘するかを意識して入試問題を作成しているはずです。あなたは「ドップラー効果によって音の周波数が変化する現象」について、良く知られている公式を導出できますか?
将来、AI分野に進みたいならばコンピュータやプログラミングに注力することは当然のことでしょうが、AI技術を活用するにはセンサー、光学、電気回路、熱流体、マイクロ加工などの学問や技術が必要となるでしょう。今後、特に工学では、複数の専門にまたがった境界領域の研究が盛んになり、様々な知識を総動員することが必須になると思います。また、理系では数学、物理、化学、英語が特に重要ですが、大学や社会において大きく躍進する人は、国語、地理、歴史、政治経済など幅広い教養が備わっており、心の余裕や人間的な魅力を感じるものです。高校時代に苦手であった古文や歴史も、当時は大学入試のためだけに勉強していましたが、後になってそれらを学ぶ意義がわかりました。ですから、自分がやりたい分野と離れていることにも、積極的に取り組んで欲しいと思います。