Interview
ブランドロゴの入ったリメイク商品の販売は「商標権」を侵害するか?
駒澤大学 法学部 法律学科 准教授
小嶋 崇弘 先生
消費者の混同を防止する標識法
私の専門は、発明や著作物、商標といった価値ある情報を保護し、その利用行為を規制する「知的財産法」という法分野です。ここでは特に商標やその他の表示を保護する「商標法」と「不正競争防止法(の一部)」(これらを総称して「標識法」といいます)について紹介します。
私が「標識法」に関心を強めたきっかけは、大学院時代に授業で「ELLEGARDEN」事件の報告を担当したことでした。これは、ファッション雑誌を発行し、「ELLE」の商標権をもつ会社が、ロックバンド「ELLEGARDEN」のライブグッズ(Tシャツなど)を販売する会社を商標権侵害などで訴えた事件です。
商標権侵害の成否を判断するには、登録されている商標に類似する商標に接した消費者が、商品の提供者を誤認しているか否かが重要となります。つまり「ELLEGARDEN」のTシャツを購入した者が「ELLE」のTシャツを購入したと勘違いしていたかどうかを判断します。これを出所の“混同”といいます。消費者は商品を購入する際、その機能や価格だけでなく、ブランドも大きな判断材料とします。そのため、商品を製造・販売する会社は、商標を付すことによって他社の商品と識別し、また、一貫した品質の商品を提供することで消費者からの信用を得ようと努力しています。消費者が正確な情報に基づいて購入の判断をできるようにし、商標に蓄積された信用を保護するためには、無断で類似の商標を使用する行為を禁止することにより、消費者の混同を防止する必要があります。この目的を達成するために商標法による商標の保護が正当化されるのです。
さて、この事件で地裁判決は、購入者がTシャツを「ELLEGARDEN」のものだと認識できても、それを着た者を見た第三者が、商品の出所を「ELLE」と誤認するおそれがあるとして商標権侵害を認めました。これに対して高裁判決は、被告商品と原告のブランドイメージがかけ離れていることなどを理由に商標権侵害を否定しました。私はこの判決を研究する中で、消費者の心理的反応に基づいて侵害の成否を決定する標識法の特徴に強い関心を抱き、それ以来、“混同”という概念をどのように理解することが望ましいかを研究してきました。
保護と使用のバランスを図ることの重要性
ブランドの経済的価値が高まり、企業の事業が多角化したことに対応して、標識法における“混同”の概念は、従来よりも拡張して解釈されるようになっています。伝統的には、購入者に生じる混同のみが対象とされていましたが、上述したように、購入者以外に生じる混同をも対象に含めるようになりました。また、不正競争防止法では、類似表示に接した消費者が、商品の提供主体を区別できるとしても、周知なブランドを有する者と類似表示の使用者の間に親会社・子会社の関係がある、商品化事業を営む同じグループに属している、表示の使用を承諾している、などと誤認するおそれがある場合にも違法と認められるようになっています。さらに、著名なブランドに関しては、たとえ消費者が混同していなくても、類似の表示を使用しただけで違法とする規定が不正競争防止法に存在しています。しかし、標識法の保護が強くなりすぎると弊害も生じます。商標権者などと市場で競争する者にとって、新たに商標・表示を選択する自由が制限されることに加え、商品やサービスの内容を説明するための使用や、パロディなど特定のメッセージを伝達するための使用などが制限されてしまうおそれがあります。そのため、商標権者、競争者および消費者の利益のバランスを図り、適切な保護範囲を設定することが必要となるのです。
時代の変化に応じた法ルールのアップデート
近年、購入した商品に修理や改変を加えながら長期間使用したり、中古商品をリメイクして使用したりする、持続可能性を意識した消費行動が広がりつつあります。そのような状況において、ブランドのロゴマークや特徴的な模様が付された商品をリメイクして販売する行為が、当該ブランドの商標権を侵害するか否かが議論の対象になっています。日本での紛争は未だ少ないものの、アメリカでは、商標権者である高級ファッションブランドがリメイク商品の製造販売業者を訴える事件が増加しています。私は、元の商品のロゴマークや特徴的な模様がはっきりと視認できる形でリメイクを行う場合には、消費者の混同を生じさせるおそれがあり、商品の品質を保証するという商標の機能が害されるため、侵害を肯定すべきであるが、リメイク商品であることを購入者および使用者が明確に認識できる形で製造販売された商品については侵害を否定してよい場合があると考えています。
インターネット、SNS、メタバース、AI、SDGsなどにより、知的財産を巡る社会・経済・技術状況は年々変化し続けています。このような環境の変化に対応するために、知的財産法の分野では、既存の法律を用いるだけでなく、立法または改正することによって問題の解決を図ることが頻繁に行なわれています。そこでは、既存の制度および判例との整合性を維持しつつ、法律の目的や機能を考慮して新たな解決策を見出す作業が必要となります。私は知的財産法が有するこのような動態的な特徴に面白さとやりがいを感じています。
法律学は大学で初めて学ぶ学問であるため、その内容をイメージしにくいかもしれません。法律の条文を暗記することが中心であると誤解している人もいるようですが、授業では、法律の条文を適用して法的紛争を解決するプロセスを学びます。条文の文言が抽象的で、複数の意味を導き出せる場合には、その法律の目的や紛争当事者の利益などを勘案し、意味内容を明らかにする、法の解釈という作業も行います。また、法的紛争を解決するためには、自らの見解を他人に説得的に伝えることや、利害関係者がもつ利益を把握し、調整することが重要となります。法学部では、これらの能力を鍛えることができます。卒業生には、法曹(裁判官・検察官・弁護士)その他の法律専門職に就く者もいますが、大多数は官公庁や民間企業に就職します。法学部で身につけた能力は、後者を含む幅広い職種において大きな武器となるでしょう。