Interview
成功率わずか0.004%の新薬開発に
人工脳で新時代を切り拓く
東京薬科大学薬学部 医療薬学科 個別化薬物治療学教室 教授
降幡 知巳 先生
新薬開発を成功に導く未来予測技術
皆さんは新薬の開発が成功する確率がどのくらいか知っていますか?……実は、たったの0.004%です! 承認されて実際に使えるようにならなければ、何十億円をつぎ込んでも無駄になってしまいます。なぜこんなにも確率が低いのでしょうか? それは、新薬の候補が見つかっても、初めのうちは「ヒトで本当に効果があるかわからない」からです。わからないまま開発が進み、ある時点で「効果がない・・・(◎_◎;)」と判明して開発中止となってしまうことが実はよくあります。新薬の候補がヒトで効くかは、ヒトに投与してみない限りわかりません。
でも、得体が知れないものを飲んだり注射されたりするのは嫌ですよね? だから初めのうちは動物で試します。動物や試験管レベルで「ヒトでも上手く行きそうだ」という結果を得られたものだけがヒトでの臨床試験に進むことになるのです。しかし、人間と動物は、大きさも、遺伝子も、生活習慣にも大きな違いがあり、動物で効き目があるからといってヒトで効き目があるとも限りません。そこで最新の薬づくりに取り入れられ始めているのが「ヒト生体模倣システム」という新しい技術です。実験室の中でヒトの細胞を使って臓器を再現し、新薬候補の効果を試すことで、本当にヒトで効くかわかると期待されています。つまり、「ヒトで効くという未来を予測し、新薬の開発を成功に導くことができる技術」なのです。
死なない細胞で「いい加減」にヒトの脳を再現
その一環として私達は生体模倣による新たなヒト脳モデル-ミニブレイン- を作り、脳の病気を治療する新薬の開発につなげていくことを目指しています。では、ヒト脳を実験室でどう再現するのでしょうか? ヒトの細胞を使って脳をそっくりそのまま再現することができれば言うことありません。ですが、本当にそれができるのでしょうか? できなければ薬の開発は進まないのでしょうか? いいえ、確かにヒト細胞を使う必要はありますが、本物そっくりに再現する必要はありません。私たちは「いい加減」にヒトの脳を再現しようと考えています。つまり―本物のヒト脳にできるだけ近づけつつ、妥協できるところは本物でなくてもよく、誰もが簡単に、好きなだけ使うことのできるモデル― そんなミニブレインの開発に取り組んでいます。このミニブレインは「不死化細胞」という独自開発したヒト脳細胞を使って作っています。これは文字通り「死なない細胞」ですので、本物のヒトから何度も脳細胞を取ってこなくても必要に応じていくらでもミニブレインを作ることができます。ミニブレインを使えば、たくさんの新薬候補についてヒト脳で効果があるか早い段階から調べ、有望なものを短期間で絞り込むことができるようになります。さらにそれを実際にヒトに投与した場合に本当に効く可能性がものすごく高まります。私達は様々な製薬企業とタッグを組み、ミニブレインを使った脳の病気に対する新薬づくりにチャレンジしています。アイデアと技術を持ち寄ることで、これまでよりもはるかに効率的・効果的に薬の開発を進めることができるのです。
細胞は限りない可能性を秘めた武器
不死化細胞をつくろうと思ったきっかけは、恩師の「細胞は武器だよ」という何気ない一言にあります。大学院時代に「なるほど、確かに使い方次第で色々な可能性を秘めた研究の武器だ」と実感する経験をし、その小さな生き物(=細胞)に限りない魅力を感じました。学部時代から脳疾患に対して何か貢献したいという思いを持っていたこともあり、大学教員になって自分のテーマを立ち上げる機会に恵まれた際、「自分で細胞を作ってヒト脳を再現してみよう!」と思い立ちました。実験結果から、ワクワクする未来が見える(=こんなことできるかも! 薬ができるかも! と思える)時に、この研究の面白さを感じます。また、他の研究者から研究成果を必要とされたり、すごいね! と認めてもらえたりするのは、やはりやりがいにつながります。若い頃、いい結果に恵まれて国際学会で発表した際、有名な研究者と思われるアメリカ人のおじいさんが近づいてきて「Congratulations!」と握手してくれました。とても嬉しかったのと同時に、研究成果は世界の人が見てくれているんだな、と実感した瞬間でした。自分達の成果を誰かが見て、それをきっかけに新しい研究や新しい見方へとつながっていく。自分のチームがその手で世界の研究の一端を担っている、と感じられるのは、やはり大学の研究者ならではのやりがいだと思います。
大学生になったら世界が大きく広がります。その中で、どんな些細なことでも良いので面白いと思うことをひたすらやってみてください。それにはまず面白いと思うことに出会わないといけません。そのために、たくさんの経験をし、ちょっとでも心に引っかかったものがあれば、もう少し深くやってみてください。物事の面白さはちょっと触れただけではわかりませんから。次第に一生懸命になれるものが見つかってくると思います。また、面白くなさそうなものでも、どうしたら面白くなるかな、と心を切り替えるのも大事ですよ。物事が面白いかどうかはあなた自身の心が決めているのですから。薬学部に入ったからといって薬剤師にならなくてはいけないわけではありません。皆さんの想像以上に広い選択肢があります。これから色んな経験をたくさんすることで、これまで知らなかった自分と必ず出会います。心の赴くままに将来を描いてみてください。Work is a part of your life!自分に合った仕事は自分を光り輝かせます。若い君たちの前にはたくさんのチャンスがあふれていますから、大学でたくさんの経験をして、そのような素晴らしい未来をつかみ取っていきましょう!
東京薬科大学 薬学部
https://www.toyaku.ac.jp/pharmacy/
降幡 知巳先生の研究室
https://www.ps.toyaku.ac.jp/rinshoyakugaku/