Interview
「私とは何か」「私たちが見ている世界とは何か」
現代美術を通して誰もが内に秘めている奇跡を分かち合う
玉川大学 芸術学部 アート・デザイン学科 教授
藤枝 由美子 先生
「鉄で作られた棺桶に入って鑑賞する作品」見えてくるものは……
私の専門は造形作品の制作で、ジャンルは現代美術です。現代美術は一般的には第二次世界大戦後から現代に至る同時代的な美術作品を指し、その特徴は現代社会の課題や社会情勢などに焦点を当て、問題提起を行う作品が多いことです。したがって、美術史や作品の背景を理解しないとその意図が分からない場合もあります。
私の制作テーマは、「私とは何か」「私たちが見ている世界とは何か」という問いかけです。例えば私の作品に、鉄で作られた棺桶のような箱に、鑑賞者が仰向けになって入る作品があります。中は真っ暗で何も見えません。タイトルは《内》で、自己の内面と向き合う装置です。私はこれを「音」をテーマとする展覧会に出展し、音が外部からだけでなく、自分の内面からも発せられることに着目し、制作しました。他には、鏡で作られた椅子を吊るしたり、配置したりすることで展示空間を含めて作品とみなすインスタレーション作品《mother》を制作しました。椅子同士が相互に映り込み、空間が入れ子のように感じられます。互いに影響し合う世界を表現することで、物事の起源について問いかけています。
私は「私」という概念が、身体だけでなく記憶や思考などの見えない世界、そして知覚できる外界の全てを包括すると考えています。言い換えれば、私たちは、時空の中に存在するのではなく、自身の中に時空も他者も、音も、自然も、知覚できる全てがあるのではないかと思っています。私にとって「私」とは、宇宙で最も大きく不可思議な、一生かけても解明できない神秘現象です。そのような誰もが内に秘めている奇跡を、他の人々と分かち合いたいと考えて制作しています。
絵を描く、彫刻を制作する以外のアートとの出会い
私は幼少期から絵を描くことが好きで得意だったため、大学でアートを学ぶ決断をしました。そして大学の授業で初めて現代美術という領域に触れ、機械仕掛けで動く作品、ビデオを使ったインスタレーション、コンピュータが介入する作品など、今でいうメディア・アートと呼ばれるものに出会いました。その分野を開拓した先駆者たちが大学の教授陣や先輩方に多くいました。
それまではアートは主に絵を描いたり、彫刻を制作したり、写真や動画を撮影したりすることだと思っていました。しかし、現代美術では素材や技法に制約がなく、ありとあらゆるものがアートとして成立する可能性があると知り魅了されました。それまでの大学生活では絵画やデザインを学んでいましたが、現代美術の自由で開放的な空気に未来のアートの可能性を感じたことがきっかけで、3年次に現代美術を扱う専攻に切り替えました。
「美」は作品そのものではなく、鑑賞者の中に存在する
現代美術の世界に身を置くことの一番の面白さ、やりがいは、自己成長を促し、究極の美に向かう道を示してくれることだと私は考えています。アートを好き嫌いだけで評価すると、見落としてしまう美しさがたくさん存在することに気付かされます。同じ作品を見ても、異なる人々が異なる感想を抱くことから、「美」は作品そのものではなく、鑑賞者の中に存在するとも言えます。また、最初は魅力を感じなかった作品が、その背後にあるストーリーやコンセプトを理解することで急に輝き始めることもあります。これは自分の視野が広がり、美を感知する能力が向上したと言えるでしょう。美しいと感じる対象が増えると、自然に世界はより豊かになります。現代美術には理解しづらい作品が多いため、見た瞬間に「美しい」と感じることは少ないかもしれません。しかし疑問を抱き、「何を表現しているのか」と考え、美がどこに潜んでいるのか追求することが重要です。そして「あなたはどう思う?」という作品からの問いかけに真摯に答えていくことで、以前は見えなかった美が明らかになります。このプロセスが、現代美術との触れ合いの醍醐味であり、私が好きな側面です。現代は見通しの効かないVUCA(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧さ))の時代と言われており、自分で考え行動することがますます重要となっています。このような時代において、歴史や社会を通じて自分の在り方を見つめ直し、美を追求することは、真の意味で幸福な生き方への道を示すものではないでしょうか。
好きなことやワクワクすることを、勇気を持って追求してください。大学でアートやデザインを学んだからといって、将来必ずしも美術の分野でキャリアを築かなければならないわけではありません。むしろアートやデザインを学んだ学生が、そのクリエイティビティを活かし多様なジャンルで活躍することが、世界をより良くする一翼を担うことに繋がると思います。
大学でアートやデザインを学ぶということは、技術の修得だけでなく、調査や研究能力を鍛え、真実を見極める目を磨き、発想力や思考力を駆使してアイデアを言語化したり、表現したりする力を培うことでもあります。また、正解の無い問いに立ち向かい、新しい道を切り開いていく力を養う場でもあります。
もしアートやデザインにワクワクする感情を抱いているのなら、自分の内なるアンテナを信じて、その情熱を追求してください。きっとその感覚はあなたをあなた自身の幸せと豊かさ、ひいては豊かな社会を作ることへ導いてくれることでしょう。