お茶の水女子大学 文教育学部 新井 由紀夫 先生 | 大学受験予備校・四谷学院の学部学科がわかる本        

Interview

ジェントリの「手紙」史料から
中世イギリス社会を読み解く

お茶の水女子大学 文教育学部 教授
新井 由紀夫 先生


戦乱の世を生きた
人々の暮らしを明らかにしたい

私は中世後期のイギリス社会について研究しています。分野でいえば、歴史学の中の西洋史学、イギリス中世史です。百年戦争やバラ戦争があった時代、日本で言えば応仁の乱の時代にあたります。戦乱が続き、王朝の交代がめまぐるしく起こった時代にあって、人々が地域社会でどのような暮らしをしていたのか。ジェントリとよばれる地方土地所有階層の家系が残してくれた記録(史料)を読みながら、ジェントリの目を通して見えてきた当時の社会を明らかにしたい、そんな想いで研究しています。詳しくは『中世のジェントリと社会』(世界史リブレット105、山川出版社、2020年)を見てくださると理解していただけるのではないかと思います。

「雑多なもの」だった手紙が
歴史学の重要な史料となる

最近は主に14・15世紀の手紙史料を研究しています。日本の中世史では普通のことですが、西洋史ではまだまだ未開拓の分野だと感じます。過去200年以上、主に中央政府の文書史料は財務関係・裁判関係などと整理され、まとめたものが活字(刊本)になってきましたが、手紙に関しては「雑多なもの」という扱いでした。しかし当時は、現在のインターネットやメールのような“中央の決めたことが地方まで瞬時に届く便利な仕組み”はありませんから、すべては手紙の形で情報や命令が伝達されています。従って、その雑多な手紙という史料を見ることで、地域社会がどのようにまわっていたのかを実態に即して理解することが可能になると考えています。
また、史料が刊本になることでアクセスしやすくなる反面、重要な情報が抜け落ちるという点に気をつけなければなりません。国王、あるいは中央貴族が、地方のジェントリに命令を出すとき、どのような大きさ・質の用紙に、どのような字体を用いて手紙を書いたのか、サインは自著なのか代筆なのか、手紙の折り方に意味はあるのか、それらの情報はオリジナルの手紙を見ることでしかわかりません。手紙の差出人と受取手との関係や、その手紙の持つ意味は、内容だけでなく手紙全体に込められています。従って、単に手紙に書かれている内容を活字にしただけでは、得られる情報が不十分なのです。幸い、地域のジェントリが受け取った数千通におよぶ手紙史料の多くが写真データで手に入るようになりましたので、時間があればそれらと格闘しています。

着目されてこなかった歴史の「日常」を
明らかにするやりがい
きっかけは15世紀に書かれたラブレター

初めてジェントリの手紙史料に出会ったのは大学1年生のときでした。英語の先生がレポート課題に悩んでいた私に、「15世紀のバレンタインデーに関連したラブレターがあるよ。(それも当時書かれたままの)英語で読めるよ。」と教えてくれたのです。これをきっかけにこの分野に興味をもち、卒業論文ではジェントリがどのような結婚をしていたのかを手紙のやりとりから探ってみました。件数は120件程度と少なかったのですが、様々な条件が絡んでいることがわかり、判明する条件をデータ化し、ある条件と他の条件との間に因果関係がないか調べることにしました。ちょうどパソコンが出てきた時代で、それを使ってグラフや表にすれば関係性があるかないかは一目瞭然。そこから、なぜそうなのかを自分の頭で考えるのが楽しくて研究の道に入りました。私の研究は、歴史上の著名な人物を探るわけでも、「歴史が動く」場を新たに明らかにするわけでもありません。むしろ、あまり着目されてこなかった日常の仕組みを一つひとつコツコツと明らかにしていくところに、やりがいを感じています。

新井先生からのメッセージ

どのようなことにでも興味や疑問を持つこと。疑問を持ったらそれを人に聞くのではなく、自分でいろいろと調べ、それらをもとに自分で考え抜いてみること。そしてその考えを自分の言葉で書いたり語ったりして人と議論してみること。このような作業が大学での学びの基本になりますので、なるべく早めにそれを経験してみることが大切だと思います。

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