数学の正しい勉強法
入試数学は暗記なのか?
「大学入試数学はどのように征服すれば良いか」という話題に対して、次のような意見を見たことはありませんか? いわく、
『入試数学は暗記。入試問題にはパターンがあるから、そのパターンに対応する解き方を覚えて、数字を当てはめて解けば良い』
超難関校出身者がこのような意見を述べているのを見たら、確かに暗記で入試は突破できそうな気がする、暗記なら(数学が苦手な)自分でもできそう、と思ってしまうのも無理はありません。
実際、定期試験前に、出題範囲の問題について解法を丸暗記した経験がある人も少なくないでしょう。また、そのような勉強法で入試問題のある程度のレベルまでなら対応できることも事実です。しかし、パターン暗記という一点突破で入試数学を何とかしようという戦略は、なんといっても非効率的です。「入試数学暗記説」を唱える難関大学出身者をみたら、「ああ、この人はめちゃくちゃに暗記力があって暗記が苦にならない人だったんだなあ」と思い、自分にも同じ方法が通用するとは限らない、と判断する方が無難です。何より、大学側が受験生に求めている学力は、ずば抜けて強靭な暗記力ではないのです。
では、何が必要なのか。実際の入試問題を元に説明していきます。
次の問題は、2020年度京都大学(文系)の出題です。
ƒ(m,n)=mn²+am²+n²+8
とおく。ƒ(m,n)が16で割り切れるような整数の組(m,n)が存在するためのaの条件を求めよ。
数学A「整数の性質」からの出題で、数学Aの教科書で学習したこと以外の前提知識は何ら必要ありません。この問題から京都大学が受験生に期待する学力は、次の三点です。
- ①
高校数学で学ぶ基本事項を習得している(基礎力)
- ②
問題文に与えられた情報を元に試行錯誤を行い、解法への道筋を自力で立てることができる(思考力)
- ③
自分の試行を論理的に文章化して説明できる(記述力)
①基礎力の重要性はいまさら強調するまでもありません。この問題に関していえば、
整数は「pで割った余り」で分類することができる
という考え方(数学用語で剰余類といいます。modを使った式を授業で習った人も多いでしょう)ができることです。
「教科書に書いてある定義・数学的な考え方・公式をしっかり理解して使いこなせるようになること」
+
「計算力」
が入試数学における基礎力であり、最重要事項です。
逆にいうと、この基礎力で要求される事項以外に「パターンとして暗記しておかなければいけない知識」というものは、極論、ないと言い切ってしまっても良いのです。
入試数学は、①基礎力をベースにした②思考力による勝負です。前ページの京大の問題であれば、例えば思考過程の一例を挙げるとこんな感じです。
16で割り切れるかどうかが問われているのだから、16で割った余りで文字を場合分けすれば解けるだろう(出発点)。
↓
でも文字がm,n,aと3つでてくるから、全部の文字をmod16で場合分けするのは大変だなあ(方針の模索)。
↓
「aは奇数」と書いてあるから、ひとまず偶数か奇数かに着目してみよう(試行錯誤)。
↓
…
状況を整理して、問題文から判断できることは何か、最終的な結論を得るためには何がわかれば良いかを考えて道筋をつかみ、論理的に切り分けながら実行していく力が、入試数学を解くために必要な思考力なのです。
そして、この思考過程を答案に整理する力が③記述力です。
mを奇数とする。このとき、
aは奇数であるからam²は奇数
mn²+n²=(m+1)n²は偶数
であるから、ƒ(m,n)=am²+(m+1)n²+8は奇数となる。
よって、ƒ(m,n)が16で割り切れるためにはmが偶数であることが必要であり、
さらにこのときƒ(m,n)=m(n²+am)+8+n²が偶数であることよりnもまた偶数であることが必要である。
以下、m,nを偶数とし、m=2M,n=2N(M,Nは整数)とおく。
ƒ(m,n)=8MN²+4aM²+4N²+8
=4(2MN²+aM²+N²+2)
よって、2MN²+aM²+N²+2(=g(M,N)とおく)が4の倍数となるM,Nが存在するための条件を求めればよい。
g(M,N)=2(MN²+1)+aM²+N²が偶数であることから、M,Nはともに偶数かともに奇数かのいずれか。
- 1)
M,Nがともに偶数のとき
このとき2MN²,aM²,N²の各項は4で割り切れるため、g(M,N)は4で割ると2余る。 - 2)
M,Nがともに奇数のとき
一般に奇数L=2k+1(k整数)に対して、L²=4k²+4k+1≡1(mod4)であることに注意しよう。
g(M,N)=2MN²+aM²+N²+2≡2M・1+a・1+1+2=2M+a+3(mod4)
さらに、奇数Mについて2M≡2(mod4)であるから、g(M,N)≡a+5(mod4)
a+5≡0(mod4)⇔a≡3(mod4)
この解答例は、問題を解くときの思考の流れを順に書いているため最短の答案にはなっていませんが、実際の試験会場で作ることができる無理のない答案です。解答の要所要所で
何がわかったか
ここから何がわかれば良いか
これから何をするのか
を採点者がスムーズに読みとれるように意識されています。また、場合分けがどのようになされているかが明確であること、適切に新しい文字を導入して流れを見やすくする工夫をしていることにも注目しましょう。
入試数学に必要な3つの学力を高める方法
入試数学では、①基礎力 ②思考力 ③記述力が必要だということを説明しました。
それでは、この3つの学力を高めていくためには、どのような学習法が有効でしょうか。
● 数学の理解は積み上げ式
何よりもまず、①基礎力を培うためには
一足飛びに難問ばかり解こうとしない
解法の盲目的な暗記に走ろうとしない
ようにしましょう。日々授業で学習すること、教科書で説明されていることが、入試数学を制覇するための最大の武器です。学校から配布されている準拠問題集などを活用して、授業で教わったことがちゃんと活用できるか確認しましょう。疑問点は先生に質問し、あやふやな理解を放置しない、ということも極めて重要です。数学の理解は下から順に積み上げていくものです。もし先に進んでからあやふやな理解に気づいたら、ためらうことなくそこまで戻りましょう。それは決して遠回りではありません。
このように丁寧に理解を一つひとつ積み上げていく過程で、解答に必須な能力である計算力も身についていきます。授業を聞いて「わかった」という思いこみだけで問題演習を省いてしまうと、実戦的な計算力を育てる最も効率的なチャンスを逃してしまうことになります。
先輩の体験談
東京大学理科二類 さん東大の数学は特に基礎の組み合わせが多いので、基礎がないと頭が固くなって東大独特の問題が解けなくなってしまいます。「この方法がダメなら、あの方法ができるかも?」と発想していく必要があるので、難しい問題に慣れすぎないように注意が必要。徹底的に基礎を鍛えることが大切です。
● 試行錯誤が思考力を育てる
次に、基礎力を元に②思考力をブラッシュアップしていく過程で必要なことを挙げます。
実戦的な演習問題や難関大の過去問にチャレンジするときにはぜひ意識してください。
- ・解法を発想するまでの過程を大事にしましょう。解き方がわからないからといって、すぐに模範解答を見るのでは、その問題と同じ問題を解く力しか獲得できません。模範解答には書かれていない試行錯誤の過程が、思考力を育てていきます。
- ・何をすればいいかわからない問題に対しては、まず問題文からわかることを整理し、何がわかれば解き進めることができるかを考えましょう。
- ・図やグラフを描くことはとても重要です。問題に応じて、必要な正確さで図やグラフを描く習慣をつけましょう。
- ・特に場合の数・数列・整数問題などでは、一足飛びに一般のnについて考えるのではなく、nに具体的な数を入れて「実験する」ことが時として非常に有効です。
先輩の体験談
東京大学理科二類 さん問題に対して「どのようにアプローチするべきか」を考えることは、初見の問題を解くためのとても良い練習になりました。見たことないと思って今まで手が出ずにいた問題でも、解析の仕方がわかるようになれば、短い問題文の中から自分が展開できる手法を複数考えられるようになります。その解法が一本道ではないため解き方の柔軟性が増し、より良い方法を自分で導きだせるようになりました。
先輩の体験談
京都府立医科大学医学部医学科 くん僕は高2まで文系選択で、高3の4月に医学部志望に変更しました。当時は数学や理科は大の苦手で、数Ⅲや専門理科は未履修状態。大手予備校の医学部コースに入ろうとしましたが、数学のテストに3回落ちて入れませんでした。苦手克服のきっかけは、ある先生から「基礎的なことをしっかりやっていれば大丈夫」と言われたことです。そこから「落としてはダメな問題」にしっかり取り組むことで、数学の偏差値は64まで上がりました。併願で受けた関西医科大も基礎的な問題ばかりで、8割は取れたと思います。
● 第三者に見てもらおう
そして③記述力。これまた一朝一夕に身につくものではありませんが、一番効果的な記述力の磨き方は、「他人に答案を見てもらうこと」です。学校で行われる課題添削の機会は積極的に活用しましょう。友達同士で答案を相互に見せ合い、自分の思考が相手にちゃんと伝わるのかを確認するのも良いでしょう。読みやすい答案を書くことも大事です。一つの工夫として、問題一題に対してノート見開きを
- 左ページ 解答にいたるまでの試行錯誤や計算を書く。思いつきもできるだけ残す。
- 右ページ 本番で解答用紙に書くように整理された答案を書く。
といったことも試みてみると良いでしょう。思考力と記述力を相乗的に磨いていくことができます。
先輩の体験談
東京大学文科二類 さん問題に取り組む際、つい自分ひとりで解いて解けたら満足となりがちですが、採点するのはあくまでも他人。「採点官の存在」を意識するようになったことで、苦手だった数学の偏差値が東大模試で49→61、判定もE→Bになりました。採点を通じて、先生方の思考回路を学べたおかげです。
まとめ Summary
当然のことですが、「みるみるうちに数学が得意になる」魔法のような方法はありません。最初に述べたことの繰り返しになりますが、大学側が期待していることは「高校で学んでいるべきことをしっかり身につけている」ということです。今できることから一歩ずつ、着実に、学習を進めていきましょう。