大学教授
インタビュー
「受験勉強は合格のあとも役に立つ」
―大学が求める「学力」とは何か
片山 浩之 先生Hiroyuki Katayama
東京大学 大学院工学系研究科 都市工学専攻 教授
聞き手:栗山 潔
四谷学院教務部教務部長
(東京大学理学部数学科卒)
志望の大学に入学するためには、まずは入試という関門を突破しなければならない。入試に通るための「受験勉強」と大学の「研究」とはどのようにつながっているのか。大学が求める「学力」とはどのようなものなのか。「水問題」をテーマに地球規模で活動している東京大学の片山浩之先生にお話をうかがった。
学部・学科を決めた理由は「役に立つことがやりたかったから」
東京大学大学院
工学系研究科都市工学専攻
片山 浩之先生
――まずは、片山先生が専門とされている分野の具体的な研究内容について教えてください。
片山私が最も得意としているのは、ウイルス関連です。少し前までは、医学分野の発達によって感染症は退治され、大きな問題ではなくなったというのが一般的な認識でした。しかし近年、インフルエンザをはじめとして、感染症はまだまだ人間にとって大きな敵だということがわかったのです。世界的な目で感染症を考えると、水問題が重要なファクターとなります。水系感染症は水インフラを整備することで一定程度防げますが、私は途上国のように感染症が深刻な地域で、いかにして安全な水を供給するかなどといったことを研究対象としています。あるいは日本でも水道水は「塩素を使っているから安全」と言われていますが、実は塩素に強い寄生虫がいて、塩素だけでは安全ではないのです。では「どうやって水道水を安全にしよう」とか。また逆に、今の水管理システムのようにヒトに感染する・しないに関わらず菌などが見つかったら「危ない!」と大騒ぎするのではなく、「ヒトに感染するかしないかを遺伝子レベルで詳しく調べられるようなしくみにしよう」とか。東京オリンピックでトライアスロンで考えてみても、当然「水の安全性」に着目する必要があります。その海で泳ぐときのノロウイルスの感染リスクを評価する基礎的なデータとして、病原微生物についてのデータが重要となります。実は、海の中のウイルス濃度をまともなレベルで測定できるようになったのは、おそらく私が博士課程で開発した方法が、世界で最初なんですよ。研究対象としては、水の安全性と病原微生物となりますが、研究成果としてはウイルス方面に強いのが私の研究室ですね。
――都市工学科に進学して水インフラを研究しようと思ったきっかけは何かありますか?
片山研究者を目指すうえで頭にあったのが、「役に立つことをやりたい」ということです。私が学生だった当時にリオの地球サミットがあって、そのテーマが地球環境問題でした。今はいろいろな学部・学科で環境問題を扱っていますが、当時はこの都市工学専攻だけが環境問題研究に力を入れて取り組んでいました。私は、「燃料電池の開発」というような個別の技術開発だけではなく、「環境問題へのチャレンジ」自体を目標として、この都市工学専攻の環境工学コースを選んだのです。「全体を俯瞰する目を持ちつつ環境問題を考える」という立ち位置が、私の中では受け入れやすいバランスのとり方だったんですよね。
受験英語は役に立つ
――受験勉強の知識を、大学の研究とは関係ないところで使うことはありますか。
片山やっぱり、英語は役に立ちますね。仕事上で論文を読むときも書くときも、また外人と話すときも。私より英語をうまく話せる留学生でも、論文を書かせると文法的にダメだったりして、「日本の受験英語はたいしたもんだな」と思いますよ。
――それでは現在、高校の英語教育が文法から離れて、会話中心になっていることについてはどう思いますか?
片山それは心配ですね。英語を話せることは重要ですが、話せるようになるのは「仕事で必要に迫られる」「留学する」などというきっかけの問題であって、その前の段階、受験勉強などで「英語が話せるようになるための潜在的な力」を身につけておく必要があると思います。私は、外国の研究者に「どこで英語を覚えたの?」と聞かれると、「私の英語はmade in Japanだ」なんて言うんです。結構うけますよ(笑)。一方、コミュニケーションの際は、「自分が話すことを相手が聞きたいと思うかどうか」という要素も重要です。相手に聞く気がなくて、こちらが相手に合わせて話さなければならないと、完全な英語を求められる。逆にこちらの言うことを相手が聞きたいと思えば、相手は何回も聞き直してくれる。また、相手が話したい内容があれば、意識してゆっくり話してくれる。そういう意味では、相手から見てコミュニケーションする価値のある人間になることが、英会話を伸ばすための一番の近道になりますよね。
「面白さ」と「全体のつながり」が学習効果を上げる
――何かを「学ぶ」ときには動機づけが必要ですよね。努力が実を結ぶためには、その努力していることの中に面白さを見つけ出せるか、受験勉強であれば「勉強自体の面白さ」を見つけられるかどうかが重要。そうした面白みを見つけられるかどうかで、かけた時間に対する成果の比率がまったく違ってくるのではないかと思います。
片山いやあ、実に、そうですね。私自身もうまく動機づけができた方だと思いますが、自分の息子を見ているとまさにその通りだと思う。強制されてやる勉強と、自分からやる勉強とでは、伸び方が違います。研究でも、その研究を「自分のもの」と思うか、他人からやらされていると思うかで違いがあります。そして、その差はすごく大きい。
環境工学の研究の醍醐味は、例えば、「海の中のウイルスを検出する技術」から、「東京湾のどこでサンプリングをしたらどういうリスク管理に役立てられるか」ということまでのつながり、つまりミクロからマクロまでのつながりだと思っています。ミクロのところだけ、私がサンプルを渡して「水質を分析しろ」と言うだけだと、学生のモチベーションにつながりません。逆に、例えば学生をベトナムに連れて行って、その地域の重要課題である水の安全性を理解させる。そうやってマクロからミクロまでのつながりを経験してもらうと、研究のモチベーションにつながるのです。そのような、今やっていることは価値があるのだということを認識させる、ある種の承認作業が今の学生には重要な気がするんです。
――四谷学院でも、「ここからここまで」という目標までの全体像を明確にして、その中のステップを一つひとつクリアしていくことによって、「目標に向かって近づいている」ということを感じてもらえるようになっているんです。もちろん学ぶ内容は受験レベルまでですが、受験段階でこういう物事の捉え方、つまり全体像の把握と一つひとつのステップをつなぐ見方を経験しておくと、大学に入ってからも応用が効くと思うんですよね。
片山それはその通りでしょうね。私の研究室でもプレゼンテーションなどの課題を出すのですが、さらに「今日はここまでで明日はここまでやれ」というような目標を作ってあげるんですね。4年生くらいになるとこの目標もラフにするため、自分なりに設定していかなければならいない。ゴールまでの道しるべを描けるかどうかというのは、非常に重要ですよね。
受験で培った力は自分を伸ばす「武器」になる
――四谷学院から東大に入って、その後大学院に進んだ生徒がいるんですが、彼が卒業論文で学部長賞をもらったんです。彼がそのような優秀な成績を収めている理由の1つとして、大学受験での勉強とその結果が1つの成功体験として彼の中に活きているのではないかと思うんです。もちろん、受験で学んだ内容自体も大学に入ってから活きるわけですが、「受験勉強の中でどういうふうな努力の仕方をしたか」という経験が大学に入ったあとに活きることもあると思うんです。
片山どんなジャンルでも、論点が変われば必要なスキルは変わります。だから、いったん身につけたものも変化に伴ってどんどん変えていかなければいけない。そこでは新しいものを吸収する能力、あるいはそこに意義を見つけることが必要なんですよね。そして、そこが「人に言われて勉強する」というスタイルになると、結局伸びない。新たなものを獲得しなければいけない理由を自分なりに見つけて、自分自身を納得させる。これが一番強力な「武器」。それが、「これからの武器を身につけるための武器」になるのです。
――ノーベル化学賞をとった根岸先生が、「私は日本の悪名高い受験地獄の支持者だ」ということをおっしゃっています。それは「深く専門を学ぶほど基本が重要になるから」ということなのですが、この「基本」には、もちろん化学を学ぶうえでの基本もそうですが、「新しい知識の獲得の仕方」という意味も含まれていると思うんですよね。「原理から納得したうえで解法を理解する」という経験があると、応用が効くのはもちろんですが、また別の課題に出合ったときにも、同じアプローチを有効な方法として選択できると思うんですね。
「学生にとっては承認作業が必要」という点もまた、大学受験に共通する重要ポイントですね。受験勉強を1年間継続するためには、周囲とのコミュニケーションの中で自分がやっていることを認めてもらう必要があると思うんですよね。55段階では1級1級合格するごとにハンコを捺して合格したことを褒める、これが受験勉強を進めるうえでの大きな力になっていると思います。
片山私も学生に研究の指導をするとき、どう研究に向き合わせるかということは、常々考えています。私がよくするのは、有名な外国の研究者が来たら研究室に呼んで、学生に何か発表させて、一言褒めてもらう。外国人の前で緊張して英語で話して、それでいいコメントをもらうと、「がんばれば、ちゃんと評価してもらえるんだ」というように、研究に対するモチベーションになるのです。
――なるほど。先生の研究室からは、第1回日本学術振興会育志賞を受賞された方が出ましたよね。大きな成果を出すためには、本当にモチベーションが大切ということですよね。
東京大学はどのような学生を求めているか
――片山先生の目から見たとき、東大の入試はどういう印象ですか?
片山私自身は問題作成に関わったことはないのですが、非常に労力をかけていることは知っています。基本的には、「その場でがんばる力」を求めているという気がします。暗記した知識での対応よりは、その場での問題解決能力を問うているイメージは強いですね。
――私の基本的な印象としては、東大の出題ってシンプルだと思うんですよね。以前、東大医学部の加藤聡先生が、「入試には、基本ができていない学生が入学するのを防ぐ役割がある」とおっしゃっていました。入試問題というのは、難しくしようと思えばいくらでも難しくできるんですよね。でも東大の場合は、もちろん難しい問題も易しい問題もありますが、「学生に見抜いてほしいポイント」というものがあって、そこに大きく比重がかかっている。「覚えているからその知識が出てきました」ということではなくて、根幹の部分を自分の頭の中で整理して理解できているかを見ている気がします。
片山そうでしょうね。自分の引き出しからどの武器を取り出してくるかは、その時々で選び直さなければいけない。「どういう風に料理しなきゃいけないか」という点では、「バカの一つ覚えではだめ」というパターンが多い。
受験の先にある人生をイメージして勉強してほしい
――それでは最後に、大学を目指す高校生たちへのメッセージをお願いします。
片山「受験の先にある人生」をイメージしてほしい。受験は必死になってがんばって、できるだけ自分の志望大学・学部に入ってほしいと思いますが、そのあとに、みなさんに与えられた活躍の場があるのです。大学に入ったあとは、自分1人で切り開くしかない世界です。実は人生においては、その部分の方が重要で、そのためにこれまでの経験があるのです。その視点を十分にもったうえで、「そこで当然役に立つ」と思って受験勉強をしてほしい。大学に入ったあとは、高校時代とは桁違いにいろいろなことが起こります。大学で「思う存分活躍するぞ」、「自己実現をするぞ」というつもりで、受験をがんばってほしいと思いますね。
――本日は、どうもありがとうございました。